東京と原発2014/02/02 14:10

目前に迫った東京都知事選。原発への対応が大きな争点になっています。

なぜ、東京都民が原発のことを論じる必要があるのか?
「福島第1で発電した電気の大半は東京で消費していたから」「東京にも放射性物質が降り注いだから」「いまだに東京にも空間線量の高いホットスポットがあるから」「事故直後に飲料水の使用制限がかかったことを覚えているし」など、いろいろです。それぞれもっともで、間違ってません。

しかし、もっとも重大なことを見落としているような気がします。
福島第1の事故が、今のレベルで収まっているのは、いくつかの幸運があったからなのです。
東北はもとより、東京都を含むほぼ関東全域から、全住民が避難を余儀なくされる可能性があったのです。これは、低い確率ではありませんでした。
不適切な言葉かも知れませんが、"不幸中の幸い"が重なって、今、東京には人が住んでいられるのです
本当は何があったのか… 事実を正確に知れば、今、東京都民こそが、即時脱原発に邁進すべきだと理解できるでしょう
【どうか福島をはじめとする被災者の皆さんは気を悪くしないでください。当サイトの主張は「年間1ミリシーベルト以上の地域の住民には、無条件の移住権と完全なる生活の保障を!」で変わりません

何が起きようとしていたのか… たどってみましょう。
3.11から2週間後の3月25日に、当時の近藤駿介内閣府原子力委員長が菅首相に提出した報告書。いわゆる『最悪のシナリオ』と呼ばれるものがあります。そこに書かれていたのは、「原発事故の今後の推移によっては、東京都のほぼ全域や横浜市まで含めた福島第1から250kmの範囲が、避難が必要な程度に汚染される」という衝撃的な内容でした。当時まだ、東電も国も、メルトダウンをはっきりとは認めず、「核燃料の健全性は守られている」などと言っていた頃です。

『最悪のシナリオ』に書かれていた"原発事故の今後の推移"とは、何を指しているのか…
1号機・3号機の再爆発も想定されていましたが、もっとも重大だったのは、4号機使用済み核燃料プールのメルトダウンと再臨界です。
当時、この核燃料プールには、1331本の使用済み核燃料と204本の新燃料がありました。

チェルノブイリ4号機の炉心にあった核燃料は、福島第一形に換算する699本です。4号機の核燃料プールだけで、倍以上の量があったのです。さらに、1号機から4号機まで、すべて合わせると4604本の核燃料が。チェルノブイリの7倍近くに達するのです。

4604本の核燃料が、メルトダウンや再臨界を起こしたら… 背筋が凍るとはこのことです。チェルノブイリでは半径30kmが強制避難の基準でしたが、『最悪のシナリオ』が250kmを想定した理由は、この膨大な核燃料によるのです。

では、なぜ、今のレベルで事故が収まっているのか…
東電が2011年12月2日に公表した「福島原子力事故調査報告書(中間報告書)」の添付資料を見てみましょう。

3月13日あたりから、プールの水位が一気に下がり始めます。全電源喪失によって、冷却水の循環が止まり水温が上昇。3月13日には沸騰が始まっていたのです。沸騰すると、水は急速に蒸発します。そして、燃料棒を包み込んでいるジルコニウムと水が反応して、大量の水素が発生します。
3月15日午前6時14分、何かの火がたまっていた水素に引火して、4号機建屋は水素爆発で吹っ飛びました。

写真は、爆発の凄まじさを物語っています。
しかし、結果的には、この爆発こそが"不幸中の幸い"だったのです。建屋の壁が壊れた部分から注水して、なんとか燃料棒を冷やし続けることができました。
そして、もう一つの偶然は、原子炉の上にある原子炉ウェルに、たまたま溜めてあった水が、プールに流れ込んだのです。「水圧の関係でゲートが壊れた」と言われていますが、時系列で見ると、ゲートが壊れたのも、爆発のせいである可能性が高いです。

さて、外からの注水と原子炉ウェルからの水の流入で、辛うじて最悪の事態を脱するのですが、たとえば、地震のせいで、建屋の上部に水素を逃がす小さなすきまが開いていたらどうなっていたでしょうか?あるいは、水素爆発がもう少し小規模で、注水できるほどの穴が開かなかったらどうなっていたでしょうか?
ほどなく水はなくなり、核燃料は溶融(メルトダウン)を始めます。最初に溶け出すのは、大きな崩壊熱を出す使用済み核燃料です。ドロドロに溶けた使用済み核燃料は、みずからはほとんど発熱しない新燃料をも巻き込んで、これも溶かしてしまいます。
新燃料には臨界しやすいウラン235が高い濃度で含まれています。ウラン235は一か所に多く集めると臨界を起こします。だからこそ、細い燃料棒に分けているのです。これが溶けて集まったら、アッと言う間に臨界です。連鎖的核分裂反応によって、たくさんの放射性物質と放射線がまき散らされ、巨大な熱が出ます。次に来るのは、大規模な水素爆発か、あるいは、メルトダウンした核燃料が、地下水か海水に触れて起きる水蒸気爆発。4号機のみならず、福島第1全体が、今とは比較にならないほど酷い状態になっていたはずです。たくさんの人命が失われたでしょう。
そして、チェルノブイリの数倍という放射性物質が東日本を覆い、私たちは我先にと、西へと逃げたのでしょう。東日本は終わりです。

忘れてはならないのは、ここで想定した事態は、「もしかしたら起きたかも知れない」というレベルのものではないということです。「避けられたことが奇跡的」と言っても差し支えないでしょう。
「水素爆発で建屋の壁に穴が開いた」「原子炉ウェルのゲートが壊れた」という2つの大きな偶然が重なって、なんとか『最悪のシナリオ』は回避でき、今も東京に人が暮らせているのです。

東京都民は、もう一度、福島第一原発の事故の、特に当初の推移を思い出し、みずからの問題として問い直してみる必要があります。
私たちは、原発とは共存できません。

原発と経済(1):貿易赤字と原子力2014/02/04 20:55

「原発が止まってるから、貿易赤字が拡大して、日本経済は危機だ」というような主張が、政府や財界から繰り返されています。
本当なのでしょうか?

今現在、一基の原発も稼働していないのに、私たちは電力不足による不自由を感じることはありません。計画停電なんてやっているところは日本中どこにもありません。新幹線が停電で止まったとも聞きません。
日本と日本経済が、原発なしで十分にやっていけていることは明らかです。

冒頭に掲げた貿易赤字の問題はどうでしょうか?
実は、当サイトは「仮に貿易赤字が膨らんだとしても、原発を再稼働させてはいけない!」と考えてきました。ところが、これは取り越し苦労に過ぎなかったのです。

2月2日の毎日新聞朝刊の『視点』を読んでビックリ!実は、貿易赤字と原発は、ほぼ関係なかったのです。


ウェブ上から消えてしまう可能性もあるので、静止画でも貼り付けておきます。

安倍首相は1月29日、参議院の代表質問で「昨年、原発がないことで化石燃料の輸入に3.6兆円も多く支払った」と言い放っています。
しかし、原油の輸入量を見てみると、震災前から少し減っている状態です。

次に、総輸入額の推移を見てみましょう。

毎日新聞は、2013年の輸入額を2010年と比較して1.5倍になったとしていますが、もう少しさかのぼれば、リーマンショックのあった2008年とほぼ同じです。2013年の原油輸入額は、ビックリするほど高いわけではありません。

今度は、2つのグラフを見比べてみましょう。
輸入量は2009年以降横ばい。輸入額は跳ね上がっています。もうお分かりだと思いますが、原油の輸入額が増えたのは、原発が止まって原油の使用量が増えたらからではありません。単に価格が高騰したことによるのです。

天然ガス(LNG)はどうでしょうか…

確かに、2012年の輸入量は2010年の1.25倍になっています。
一方で、天然ガスの価格は2009年あたりから、大きく跳ね上がっていました(以下サイトを参照してください)。

●参照:世界経済のネタ帳『アジアを取り巻くLNG輸入環境』


3.11以前の天然ガス価格高騰の原因は、主に原油価格の上昇に引っぱられたものでしょう。原油が高いから、需要が天然ガスに集中したのです。

ところが2011年、特に日本向けの天然ガスだけが、さらに激しく値上がり。これは、言葉は悪いですが「足もとを見られた」のです
毎日新聞は、2010年と2013年では天然ガスの輸入額が2倍になったと書いています。
その原因は何だったのか… "トモダチ作戦"が聞いて呆れます。震災と原発事故で追い込まれた日本から、カネをむしり取っていった輩がいるのです。

話を戻しましょう。
ひとつ見落としてはいけないのは、3.11とは無関係に、日本はとても高い天然ガスを買い続けてきたということです。
主な原因は、購入側に交渉力がないからだと言われています。要するに言い値で買わされていると… 日本が買っている天然ガスの価格は、アメリカの5倍以上、イギリスの2倍近くです。
本来ならば、政府の交渉力によって、3.11以降の足もとを見るようなえげつない値上げを阻止すべきでした(これは、菅政権、野田政権、安倍政権共通)。
アメリカ並みと言わなくても、イギリス並みの価格で天然ガスを買えていれば、輸入量が1.25倍になっても、輸入額は十分に下げることができたのです。

いかがでしょうか?
安倍首相の「昨年、原発がないことで化石燃料の輸入に3.6兆円も多く支払った」という発言は、まったくの嘘なのだということがお分かりいただけたと思います。

加えて、安倍政権の『三本の矢』とやらで進められた円安誘導が、原油や天然ガスの価格をさらに引き上げました。
「原発が止まって貿易赤字拡大」は虚構。ある種、安倍政権の自作自演の下手な芝居とも言えるのです。

騙されてはいけません。

原発と経済(2):もともと安い電力なんて探していない2014/02/05 13:40

次は、東京電力をはじめとする電力会社というものについてです。
電力会社は、口を揃えて「利用者にとって、もっとも安くて品質の高い電力を提供するために、原子力発電を選択したし、これからも原発は必要だ」と言いますが、本当でしょうか?

まず、日本の電力会社は地域ごとに完全な独占体制になっています。
たとえば、東京電力の管内で東京電力以外の電気で生活をしている人はいませんし、不可能です(自家発電の山小屋などを除く)。
産業用電力は、建前上は自由化されていますが、実際に地域独占以外の電力会社から電気を買っている量は3.5%に過ぎません。それも大口の利用者が中心ですから、自由化を活用している企業の数は、ごくわずかということになります。


日本では、電力会社が自分の都合で電気料金を決定できます。
それを強く支えているのが『総括原価方式』。「電力会社が電気の供給に必要な年間費用を事前に見積もり、それを回収できるように料金を決めるしくみ」です。

競争がない上に総括原価方式で守られていたら、絶対に損はありません。3.11以降、電力料金の値上げに対する強い反発があり、この間、赤字を計上している電力会社がありますが、基本的に電力会社が赤字を出すことはあり得ないのです。どんなに経費をかけても、全部、電力料金として利用者に転嫁できるわけですから。
これって企業?これって資本主義?って、誰だって思います。しかし、それが現状なのです。

ですから電力会社は、もともと安い電力を供給しようなんて考えていません。競争がない上に、行政や第三者機関の監視もありませんから、安くする必要がないのです。
巨大投資(原発の建設が典型例)をして、その経費を利用者に押しつけ、またまた次の巨大投資へという最悪の循環を繰り返しています。その合間で、自分たちが太っていくこと。それが総てです。時代遅れの拡大再生産の悪しき典型と言えるでしょう。

電力会社の合同出資により運営されている電力中央研究所の資料を見てみましょう。



家庭用の電気代は、アメリカの2倍、韓国の3倍。産業用では、アメリカ、韓国の2.2倍です。
主たる原因は、総括原価方式に間違いありません。経費かけ放題、コスト意識不要ですから。

さて、東京電力は、2012年9月1日に家庭用電気料金を8.46%値上げしました。しかし、3.11以降、電気料金は上がっていなかったのかという、これが違うのです。

<電気料金=基本料金+電力使用料金+燃料調整費+消費税>が、日本の電気料金の計算式。この内、2012年9月1日の値上げに含まれていたのは"基本料金"と"電力使用料金"です。
一つ前の記事で指摘した、天然ガスを高すぎる値段で買っていることによる東電の支出は、"燃料調整費"として、いわば自動的に値上げされていたのです。
実際に、2012年4月のモデル家庭の電気代は、1年前と比べて600円もアップしていました。燃料調整費の値上げについては、政府の認可すら不要。電力会社の采配ひとつで電気料金を変えることができるのです。


では、8.46%の値上げは何だったのか?
東京電力は「火力発電の燃料費などの大幅な増加」だと説明しています。これは明らかな嘘です。燃料費の増加は、燃料調整費としてすでに参入済みでした。
8.46%は、動いていない原発の減価償却費や保守費、賠償費用や事故収束費用がかさんだ分です。


そして、もう一つ重要なことをお伝えしましょう。
2011年9月、第三者委員会(東京電力に関する経営・財務調査委員会)は、「東電は過去10年間で実際の原価より6186億円もコストを多く見積もり、それを基に電気料金を決めていた」と、東電の総括原価方式の運用に不正があると指摘しました。
この話がいつの間にかうやむやになってしまったのは、東電が総括原価方式の具体的データの公表を固く拒んだからです。
経費を電気料金に転嫁できる総括原価方式。おまけに、その"原価"を公表しないとなったら、すべてが東電の手のひらの上ということになってしまいます。不正の暴きようすらありません。
東電がもともと安い電力なんか探していなかったのは明白。逆に、不当に高い電力を売りつけていたのです。

ここまで、東電を中心に話を進めてきましたが、他の電力会社も五十歩百歩です。もちろん、総括原価方式はすべての電力会社に適用されています。

とにかく、総括原価方式を廃止し、発送電分離を分離することです。送電会社は、安くて質の高い発電会社から電力を買います。利用者は、サービスと価格によって送電会社を選択するわけです。
電気料金は大きく下がるでしょう。
その時、事故対応や廃炉に要する経費、使用済み核燃料の処分まで考えたら、明らかにコストの高い原子力発電が生き残る道はありません。

子どもたちの甲状腺ガンに再度注視を!2014/02/08 20:45

福島での甲状腺ガン検査、新しいデータが公開されました。
先に当ブログ『子どもたちの甲状腺ガン』で紹介したデータは、2013年8月23日検査分までの集計でした。今回、11月15日検査分までが出てきました。ちょっと恐ろしい数字が含まれていますので、報告をしておきます。

まず、データの在り所です。
<県民健康管理調査「甲状腺検査」の実施状況について>
2013年8月23日検査分まで
2013年11月15日検査分まで

2つのデータを見比べてみると、8月24日から11月15日までに検査を受けた人のうち、結果が判定したのは26,404人。で、この3か月弱の間に9例の「悪性ないし悪性の疑い」が出ているのです。
この期間で子どもたちの甲状腺ガンの発生率を見ると、「100万人あたり341人」というたいへんに高い数字になります。
前の記事でお伝えしたとおり、通常、子どもの甲状腺ガンは100万人に1人とか3人にしか発生しないと言われています。

2011年、2012年の数字にも若干の修正が入ったようなので、もう一度、データを表でまとめ直してみました。
なお、前回の表では、受診者数を分母にしたのですが、結果判定者数を分母にした方が、より正確でした。
今回は、結果判定者数に対する「悪性ないし悪性の疑い」の率で整理してあります(2011年、2012年に関しては、判定率が99.9%なので、受診者数≒結果判定者数です。結果の数字にはほぼ影響ありませんでした)

2013年分を11月15日分までの通算で見ると、100万人あたり136人ですから、2011年、2012年よりは低い率になっています。
汚染度の高かった市町村から検査を進めているので、全体として甲状腺ガンが見つかる率が減ってくるのは、ある意味、納得が行きます。

しかし、下がっていた2013年の数字が、夏以降、なぜか跳ね上がっています。ここは原因究明が必要です。万人単位の結果判定者数を分母にしているので、誤差と言うには大きすぎます。今、福島の子どもたちに何が起きているのか… 少しでも早く見極め、可能な対策を取る必要があります。

また、資料を見る限り、一度検査を実施した市町村での再検査は行っていないようです。
「被ばく後、4~5年経たないと子どもの甲状腺ガンは発症しない」と言い張る福島県立医大が主導する検査にしては、矛盾があります。2011年に受診した富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、飯舘村など汚染のひどかった地域の子どもたちの多くは、その後2年間、放ったらかしにされています。言葉は悪いですが…

ちなみに、他の病気の100万人あたりの年間発生率を見てみましょう。
●白血病:60人~70人/100万人
●膵臓ガン:100/100万人
これらは子どもだけの数字でありません。
一方、"子どもの甲状腺ガン"に関して同じ書き方をすれば、通常は、
●子どもの甲状腺ガン:1人~3人/100万人
です。

今、福島では子どもだけで、<100人~350人/100万人>の甲状腺ガン患者が見つかっています。尋常ではありません。

ちなみに、当方の知人(遠い知人まで含めて)関係で、この数年間の間に、膵臓ガンになった人は3人。白血病は1人。大人の甲状腺ガンが1人。子どもの甲状腺ガンは聞いたことがありません。
100万人に100人というのは、決して少ない数ではない。一方で、子どもの甲状腺ガンは、きわめて珍しいという実感があります。
「サンプル数が少なすぎる!」と批判する向きもあると思いますが、福島で多発する子どもたちの甲状腺ガンの数には直感的に違和感があります。原発事故と無関係と考えるには、大きな無理があります。

甲状腺ガンの原因は、ヨウ素131による被ばくです。それは、事故直後、数週間の間に起きているので、今から影響を取り除くことはできません。
しかし、一生に渡る健康管理を保証することで、異常を少しでも早く発見できます。もし、ガンであれば、早期発見・早期治療は、転移や再発の可能性を減らします。

国と東電は、とにかく責任を持って対応すべきです。命の問題に対して。

"アメリカ原子力合衆国"が伝える恐ろしい事実2014/02/14 16:04

2012年のサンダンス映画祭(ロバート・レッドフォードが主催する米国最大のインデペンデント系映画祭)に優れたドキュメンタリー映画が出品されていました。
"The Atomic States of America"(93分)。直訳すれば『アメリカ原子力合衆国』。NHKの『BS世界のドキュメンタリー』で短縮版(49分)が『原子力大国アメリカ』というタイトルで、12月に放送されました。
今のところ『原子力大国アメリカ』は、DailyMotion で視聴可能です(消されてしまうかも知れませんが)。
オリジナルの英語版予告編はこちらです。

"The Atomic States of America"は、原子力施設近くの住民の健康被害、NRC(原子力規制委員会)が抱えるジレンマ、最終処分場の問題など、幅広く原発問題を扱った秀作ドキュメンタリーです。

なかでも、ニューヨーク州ロングアイランドにあるシャーリー(SHIRLEY)という町からの報告は衝撃的でした。
「女性の9人に1人が乳ガンを発症」「400万人に1人と言われる子どもの横紋筋肉腫という珍しいガンが、同じ通りで2人発症。周辺地域全体の患者数は20人」という事実が示されます。

多数のガン患者が出た原因は、シャーリーに隣接するブルックヘブン国立研究所にありました。
まず、シャーリーとブルックヘブン国立研究所の場所を地図上で確認しましょう。
●Googleマップ:ニューヨーク州シャーリー
 ニューヨークの中心部から東へ100キロ弱です。

ブルックヘブン国立研究所は原子物理学の研究所で、原子炉もありました。ここの使用済み核燃料プールから高濃度のトリチウムを含む汚染水が長年に渡って漏出。汚染水は、周辺13万人の住民が飲料水として利用する水源に流れ込みました。トリチウムの濃度は、最高で米国環境保護局の飲料水基準の32倍(11倍説もあり)という高い値。飲料水を介したトリチウムによる低線量内部被ばくが進んだのです。

トリチウムとは放射性の水素のことです。その恐ろしさについては、当ブログの以下の記事をご参照ください。

●トリチウムの恐怖(前編)
●トリチウムの恐怖(後編)

さて、次の静止画は、"The Atomic States of America"の中で、シャーリーの住民が示した横紋筋肉腫患者の分布地図です。

インタビューでは、20人の患者が出たという説明ですが、地図上には、そのうち19人の自宅の場所が示されています(先ほどのGoogleマップと見比ると分かりやすいです)。

細長いロングアイランドの中程にBNL(Brookhaven National Laboratory:ブルックヘブン国立研究所)があります。ロングアイランドの南北の幅は30km弱で、地図上のBNLからCまでの距離が20km強。いかに狭いエリアで、たくさんの患者が出たのかがよく分かります。普通は「400万人に1人」なのに。

ブルックヘブン国立研究所は、当初、汚染水漏れを認めませんでしたが、次第に事実が明らかになります。管轄する米国エネルギー省も黙殺することができなくなり、1997年、研究所を運営する法人に対して契約打ち切りを宣言。理由は「積年に渡るトリチウムの漏出」です。研究所は1999年、原子炉の再稼働を断念しました。

さて、トリチウムと言われて気になるのは、福島第1の増え続ける汚染水です。
仮にALPSなどの浄化装置が100%理想的な稼働をすれば、他の核種はある程度取り除けるのですが、トリチウムだけはどうにもなりません。水素なので、水(水分子)に組み込まれてしまうと、放射性の水と普通の水を分けることができないのです(実験室レベルは別として)。

実は、スリーマイル島事故の時も、最終的にトリチウムを含む汚染水が残ってしまい、大きな問題になりました。
結局、選択されたのは「蒸発させる」という荒っぽい方法。シャーリーの例を考えると、これは危険な賭けだったと思います。今後、スリーマイル島周辺で、トリチウムによる晩発性放射線障害が出ないとは言い切れません。

福島第1では、すでに海と地下水へのトリチウムの漏出が起きています。東電も国も「環境に影響を及ぼすほどではない」と言いますが、それを信じる根拠はどこにもありません。
最終的には、全部、海に流すことを画策しているようですが、そんなことを許したら、福島の海が蘇る術はなくなってしまうでしょう。
一方、スリーマイル島方式の蒸発は、あまりにも汚染水が多いことや日本の湿度が高いことなどから無理なようです。

今は、トリチウム以外の放射性物質も、ほとんど除去できてない状態ですが、トリチウムによる低線量内部被ばくへの警戒を怠るわけにはいきません。
そして、東電、政府、原発推進派の学者だけでなく、反対派まで含めた知恵を絞って、トリチウムをどうするのかを考えていかないと、何十年か先に悲劇が待っている可能性は十分にあるのです。

この記事の終わりに、秀作ドキュメンタリー"The Atomic States of America アメリカ原子力合衆国"の国内での公開を切望します。

小さなチョウが教える原発事故の恐怖2014/02/15 21:42

ヤマトシジミ。
日本でもっともと一般的に見られるチョウです。この小さなチョウをめぐる論文が、世界で最も権威ある科学雑誌・Natureに掲載されるなど、大きな反響を呼んでいます。

論文を発表したのは、琉球大学の大瀧丈二准教授(分子生理学)の研究チーム。このチョウに原発事故の影響とみられる異常を見いだしたのです。

日本語英語含めて、論文や参考資料がたくさんあるのですが、もっとも読みやすいのは、岩波書店の『科学』。まず、これを一読することをお奨めします。

●『科学』(岩波書店)に掲載された論文

他の論文等は、この記事の最後にまとめてリンクを貼っておきます。

細かいデータについては、論文を読んで頂きたいのですが、ここでは、大瀧准教授のグループが明らかにした、原発事故によるヤマトシジミの異常を分かりやすくまとめてみましょう。
この研究は、大きく4つの観察・実験から成り立っています。それぞれの概要と結果を記します。

●野外採集・外見比較
概要:
2011年5月と2011年9月という事故後間もない時期に、福島県内各地で多数のヤマトシジミを採集し、外見データを記録。比較のため、宮城県白石市、茨城県つくば市、東京都内でも同様の採集・観察を実行。

結果:
□福島第1原発からの距離が近くなるほど、卵から羽化するまでの日数が長くなる【発育遅延】
□同様に、原発からの距離が近くなるほど、前翅(前の羽)が縮小している個体が多かった【前翅矮小化】。
□2011年5月採集分で12%に、9月では28%になんからの外見上の異常が見られた【形態異常】

まとめ:
ヤマトシジミには、気温が低いと異常を起こす性質(コールドショック)があるが、福島で見つかった異常は、コールドショックとは種類が違っていた。

●飼育・交配実験
概要:
福島で野外採集したヤマトシジミを沖縄に持ち帰り、飼育・交配。比較のため、宮城県白石市のヤマトシジミでも同様の実験を行った。

結果
□福島で採集した個体を沖縄で飼育・交配した結果、子世代では親世代よりも高い異常率となった【生殖細胞に異常が起きている可能性大】
□孫世代においても異常が多く見られる【子世代の異常が孫世代に遺伝している可能性大】

まとめ:
明らかに原発に近いほど異常が多く、また、それが子世代・孫世代に遺伝している可能性を指摘。

●外部被ばく実験
概要:
沖縄生まれのヤマトシジミに、人工的にセシウム137による外部被ばくをさせ、異常の発生を観察。

結果:
□被ばく実験によって、「発育遅延」「前翅矮小化」「形態異常」という、福島での野外データと同じ傾向が再現された。

まとめ:
この結果は、外部被ばくがヤマトシジミの異常に寄与している可能性が高いことを示している。

●内部被ばく実験
概要:
沖縄生まれのヤマトシジミに、福島のカタバミと他の地方のカタバミを食べさせて、結果を見た。ヤマトシジミの幼虫はカタバミしか食べないので、内部被ばくの影響を明確に示せる。与えたカタバミに含まれる放射性セシウムの量は、あらかじめ計測してある。

結果:
□沖縄産のヤマトシジミの幼虫に山口県宇部市のカタバミを食べさせても、ほとんど死なない。福島市や飯舘村のカタバミを食べさせると、生存率が著しく低下。
□生存率の低下だけでなく、矮小化と形態異常も確認された。

まとめ:
この結果は、内部被ばくがヤマトシジミの異常に寄与している可能性が高いことを示している。

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こうしてまとめてみると、大瀧准教授たちが、実に緻密な研究を重ねてきたことが実感できます。それでも、文字面だけでは、なかなか分かり難いので、表にしてみました。

事故後間もない時期から、このような綿密な観察と実験を重ねてきた大瀧准教授たちには敬服の至りです。

この研究は、外部被ばくや内部被ばくが生命体に及ぼす影響を知る意味で、きわめて重要で、貴重なものです。
海外の名だたる科学雑誌が、次々と取り上げるのも、うなずけます。
しかし、日本で本格的に取り上げたのは、岩波の『科学』だけ。福島第1事故を引き起こした当事者が、こんな姿勢でよいわけがありません。

加えて許しがたいのは、琉球大学が大瀧研究室に対する研究費をカットしたのです。文科省、国の意を受けてのことでしょう。ここまで来ると、原子力ムラなんて牧歌的な表現では足りません。もはや、原子力マフィアです。
こういった有意義な研究に対して、大学や行政は全面的にバックアップすべきです。

私たちは、小さなチョウが命を賭して教えてくれる原子力事故の恐怖を肝に銘じるべきでしょう。人類を含むすべての生命体は原子力とは共存できないのです。


●スライド(飯舘村エコロジー研究会シンポジウム発表用):福島第一原子力発電所事故とヤマトシジミ:長期低線量被曝の生物学的影響評価

●BMC Evolutionary Biology掲載論文の日本語訳:福島第一原子力発電所事故とヤマトシジミ:長期低線量被曝の生物学的影響評価

●Natureに掲載された論文【英語】:The biological impacts of the Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly

●Natureに掲載された研究紹介記事【英語】:Fukushima offers real-time ecolab

●BMC Evolutionary Biologyに掲載された論文【英語】:The Fukushima nuclear accident and the pale grass blue butterfly: evaluating biological effects of long-term low-dose exposures

琉球大学 大瀧研究室

かつて最終処分場があった2014/02/16 21:26

映画『100000年後の安全』で取り上げたられたフィンランドのオンカロが、世界で唯一の放射性廃棄物最終処分場として注目されています。
そんな中で、「かつて最終処分場があった」という話題に焦点を合わせます。オンカロの前に「あったはずだった」最終処分場のお話です。

実はドイツに、低・中レベル放射性廃棄物を地層処分(放射性廃棄物を地下深くで半永久的に保管する)する最終処分場があったのです。20年ほど前までは…

場所はアッセというところで、ドイツ語での名称は"Schachtanlage ASSE Ⅱ"。

●Schachtanlage ASSE Ⅱの場所: Googleマップ

直訳すると"アッセ第2鉱山"という感じでしょうか。Schachtanlage は"鉱山"という意味ですが、他に"地雷"という訳もあって、ちょっと意味深です。

なぜ、最後に"Ⅱ"が付いているのかというと、もともとは古い岩塩鉱山だったからです。1909年から1964年まで、岩塩を掘っていました。
閉山後、ここを原発や他の核施設から出た放射性廃棄物の最終処分場にしようとなったのです。そこで、鉱山が生まれ変わるという意味で"Ⅱ"が付きました。
この先では"アッセ放射性廃棄物処分場"と呼んでいきます。

1967年から1978年まで、地下750メートルから500メートルにある岩塩を掘ったあとの空洞に、キャスクで126,000本という膨大な数の低・中レベル放射性廃棄物が運び込まれました。
1979年からは、高レベル放射性廃棄物の処分研究も行いました。近い将来、高レベル放射性廃棄物も含めた最終処分場にしたかったのです。

話を少し戻して、なぜ、岩塩鉱山跡を最終処分場にしようと考えたのかを説明しておきましょう。
実は、当時の"科学的知見"では、「太古の時代に海から切り離され湖になり、その底に塩が堆積した岩塩層は、地層が安定している上に、水が入り込みにくい」という常識がありました。
岩塩層は放射性廃棄物の最終処分場に最適とされていたのです。実際、1957年には、米国科学アカデミーが、岩塩層に処分場を作るよう勧告したほどです。

稼働を始めたアッセ放射性廃棄物処分場。世界初の最終処分場になるはずでした。

しかし20年もしないうちに、安定しているはずだった岩塩の壁や天井に無数の亀裂が走ったのです。地殻変動で地層が動いたせいです。
1988年には地下水の流入が確認され、現在では毎日1万2千リットルもの地下水が流入しています。

いったん運び込まれたキャスクを取り出す術はありません。最終処分場ですから、取り出す想定なんてしてないのです。
また、荒っぽい扱いをしていたため、一部のキャスクは壊れ、強い放射線が出ています。近づくことすらできません。地下水によるキャスクの腐食も始まっていて、放射性物質が溶け出し、汚染水となっています。

処分場としては1994年に閉鎖されましたが、いまだに岩塩の壁に入ったひび割れを埋めようと、コンクリートを流し込む虚しい作業が続いています。汚染水をポンプでより深い地下へ送り出すだけの対症療法も、どこまで効果があるのか分かりません。しかし、やらなければ汚染水があふれ出す恐れがあるのです。そういった作業に何百万ユーロもの資金が注ぎ込まれています。

1960年代、ドイツは反省しました。「そもそも原発を使い始める時から処分場のことを考えるべきだった」と。それがアッセ放射性廃棄物処分場の出発点です。
しかし、その結果、作られた最終処分場は、役目を果たすどころか、未来に対して大きなツケを残し続けています。

「最終処分場を作れる場所はあるのか?」「10万年以上、地殻変動や自然災害の影響を受けない場所はあるのか?」。その答えが"否"だったからこそ、ドイツは脱原発を決意したのです。「もうこれ以上、放射性廃棄物を増やしてはいけない」と。
ドイツが福島第1事故の後、いち早く完全脱原発を宣言したのには、アッセでの失敗も大きく影響しています。

アッセの失敗は、単に場所の選択を誤ったというだけでは済みません。閉鎖後の後日談と言うには、あまりに重大な問題が発生しています。

アッセ放射性廃棄物処分場には、プルトニウムも保管されていたのですが、2009年8月になって、その量が間違っていたと発表されました。9.6kgから約3倍の28kgに訂正されたのです。プルトニウムは、約1kgで高性能TNT火薬に換算して20キロトンに匹敵する核爆発を起こせます。ということは、水浸しの岩塩鉱山の廃鉱に、原爆30発分近いプルトニウムが埋まっていることになります。

もう一つ、アッセ周辺で白血病・甲状腺ガンが顕著に増加というニュースが届いています。【ZDFニュース 2010年11月】
大気の汚染によるものなのか、地下水の汚染によるものなのかは明らかになっていませんが、放射性物質による環境汚染が進んでいるのは間違いないでしょう。

今ある放射性廃棄物をどうするのかだけでも、こんなにたくさんの、そして重大な問題が起きています。
もちろんドイツだけの話ではありません。アメリカもフランスも、最終処分場問題では右往左往です。
フィンランドのオンカロが、アッセの二の轍を踏まないよう祈るばかりです。

日本はどうでしょうか?
世界に名高い火山国・地震国ですから、最終処分場の適地はどこにもありません。そのことが分かっていて、この国で原発を推し進めた政府と電力会社には重大な責任があります。
ところが、福島第1で、あれだけの事故を起こしながら、政府と電力会社は虎視眈々と、いや、今や堂々と原発の再稼働を推し進めようとしています。そのまま処分するだけでも大変な使用済み核燃料を再処理にして、さらに危険な核廃棄物を生みだそうとしています。
「日本人は歴史から学ばないのか!?」
海外からそう見られるのも当然です。

総理・閣僚の靖国神社参拝や従軍慰安婦問題での居直りなどまで言及すると話が広がりすぎかも知れませんが、私たちは歴史から学ぶ姿勢を取り戻さなくてはいけません。
福島第1は、たった3年前に起きた出来事で、今も進行形で歴史に刻まれている人類史上に残る大事故です。その恐怖と教訓を忘れてはならないし、この日本に暮らす私たちこそが、世界の脱原発の先頭に立つことが求められているのです。






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