プルトニウム再考2011/07/31 12:09

「アメリカ・カリフォルニア州で過去最高値の約43倍のプルトニウム検出」という情報がインターネット上で話題になったのは3月下旬から4月下旬にかけてでした。「プルトニウム カリフォルニア」で検索をかけると今も多くの記事がヒットします。
私自身は、「重たいプルトニウムであってもアメリカ西海岸まで飛ぶこともあるんだ」程度にしか考えず、一方で、この情報の真偽を疑う声もあったため、大きく気に留めることはしませんでした。しかし、考えを改める必要が出てきました。

この間、大きな話題となっているのが、西海岸のシアトルにまでプルトニウムが飛来しているとするアメリカの原子力専門家・アーニー・ガンダーセン氏の発言です。
6月7日、CNNでホット・パーティクル(プルトニウムを含む高放射性粒子)の恐ろしさを訴えています。この動画ではさらに分かりやすくホット・パーティクルの恐ろしさを語っています。ガンダーセン氏はスリーマイル事故調査団メンバーの一人でした。

ところで、ホット・パーティクルとは何なのでしょうか?「プルトニウムを含む高放射性粒子」とは定義されますが、今一つ理解し難いです。
それは、私たちがこれまで、原子炉から漏出した核分裂生成物は、キセノン133やクリプトン88のように気体となって拡散するか、ヨウ素131(一部は気体で拡散)やセシウム137、ストロンチウム90のように一種類の原子あるいは分子が大気中の塵などに乗って広がると考えていたからです。
原子や分子が塵に乗るメカニズムは、物質が液体から気体になる温度=沸点と関係しています。セシウムの沸点は671℃、ストロンチウムの沸点は1382℃。燃料棒の主体である二酸化ウランの融点は約2800 ℃ですから、炉心溶融が起きた時点で、一部のセシウムやストロンチウムは、一旦気化していたに違いありません。それが大気中の塵に触れた瞬間に冷やされて固体になり、同時に塵にくっつきます。冷凍庫で冷やしたグラスを外に出すと、空気中の水蒸気が霜になってグラスの表面に付きますね。そんなイメージです。

一方、プルトニウムの融点は640℃、沸点は3235℃です。酸化プルトニウムの状態だったとすると融点が2400℃なので、沸点はもっとずっと高いでしょう。ということは、炉心溶融に至ってもプルトニウムは気化せず、そのほとんどが溶岩が冷えて固まったような状態の核燃料の中に残っていることになります。
逆に言えば、溶けて固まった核燃料の溶岩の中には、プルトニウム239、ウラン235・238、コバルト60などと、気化せずに残った分のセシウム134・137、ストロンチウム90などが含まれます。荒い合金のような状態で、大きな塊から小さな粉末まで様々な形や大きさをしているはずです。そして、この核燃料溶岩の微粉末こそがホットパーティクルなのです(少々無理して喩えるなら、火山爆発の火山灰に当たるのがホットパーティクルと言えるかも知れません)。それは壊れた原子炉内の空気や水蒸気の対流によって、大気中に巻き上げられていきます。水素爆発によって遠くまで飛散したことも事実でしょう。
「プルトニウムは比重が鉛の2倍もあるから遠くまで飛ばない」という説がありますが、確かに単体では飛びにくいでしょう。しかし、他の元素と一緒になってホット・パーティクルになったとき、全体としては軽くなります。また、粒子は小さくなればなるほど、体積に対する表面積の比率が大きくなり、空気の抵抗を受けて、舞い上がりやすくなります(石ころは風ではそう簡単に飛びませんが、石の微粒子である砂はちょっとした風で空に舞い上がります)。さらに、ホット・パーティクルが、小さな気泡を含んでいれば、より軽くなって飛びやすくなります。

ガンダーセン氏の警鐘に戻りましょう。
4月。東京ではクルマのエアフィルターからホット・パーティクルが検出されていました。その量は、一人が毎日10個のホット・パーティクルを呼吸によって肺に取り込む量でした。福島では、その30倍から40倍と推測され、アメリカ西海岸のシアトルでさえ、4月中は、一人一日5個を吸い込む量でした。それらは、やがて肺ガンを引き起こす可能性があります。京都大学の小出裕章さんは論文の中で、たった2個のホット・パーティクルで、細胞がガン化する危険性が1/1000としています。

ガンダーセン氏の警鐘と東電や国が発表してきた「微量のプルトニウム検出」と間には随分温度差があります。これはなぜなのでしょうか?
一つは、検出の方法にあります。プルトニウムが放出する放射線はアルファ線。これは陽子2個、中性子2個からなる粒子線で、DNAを傷つける力はベータ線やガンマ線の20倍と強力ですが、透過力は弱く、空気中では数センチしか進めず、紙1枚でも遮ることができます。従って、特殊な計測器でなければ、プルトニウムが出すアルファ線を捕まえることはできません。

アルファ線は、生体内では数十マイクロメートルしか進むことができません。ですから、プルトニウムによる外部被ばくを考えるとき、塊に直接触れたりするようなことがなければ、その危険性はありません。アルファ線は、仮に体表まで到達したとしても、表皮より内側には影響を及ぼせないからです。
しかし、体内に入った場合の内部被ばくは深刻です。例えば、肺に入り込んである場所に止まったとすると、半径数十マイクロメートルの範囲にアルファ線を浴びせ続けるのです。ガン化しない方が不思議なくらいです。

プルトニウムの怖さは、基本的にガンマ線による外部被ばくの量しか示さない、○○シーベルトでは計り知ることができません。また、一旦、肺の中に入ってしまったプルトニウムおよびそれが発するアルファ線を体外から検出することは不可能です。対策は、プルトニウムを体内に入れないこと。それしかないのです。
私たちがプルトニウムを体内に取り込まないようにするためには、できるだけ多くの場所で、大気や土壌のサンプリングを行って核種を分析、直ちにその情報を公開し、必要ならば除染を進める必要があります。ガンダーセン氏がよりどころにしたクルマのエアフィルターを分析する方法も、たいへん有効だと思います。

繰り返しになりますが、空間線量の計測だけでなく、多くの場所で核種分析を徹底して行うこと。これを進めなければ、プルトニウム汚染の実態を知ることはできません。

実りの秋はどうなるのか…2011/07/31 20:46

放射性セシウムに汚染された肉牛の問題がとどまるところを知りません。日本一の地域ブランド=松阪牛が、出荷直前には宮城県産の稲わらで霜降り肉を増やしていたというのもショックでしたが、経済活動が絡んでしまうと、自然界の食物連鎖以上に複雑な経路で、放射性物質の汚染が広がっていくのだということを痛感しました。

今は、日本中が肉牛問題でてんてこ舞いの状態ですが、この先はどうなっていくのでしょうか?
まず、肉牛や乳牛では、すでに牧草の汚染が大きな問題としてクローズアップされています。農水省は5月1日の時点で、「牧草の禁止地域設定へ 16都県に調査依頼」というアクションを起こしていますが、5月18日に宮城県の一部で放牧禁止が発令されたというニュース以来、詳細が不明です。
また、豚肉や鶏肉、鶏卵、牛乳の汚染は今のところ心配ないとされていますが、ストロンチウム90のデータが出ていないので安心はできません。過去の原子力事故では、牧草→乳牛→牛乳→人間というルートでストロンチウム90による内部被ばくが進みました。グズグズしている間に失われるのは、畜産農家の暮らしと消費者の健康だということを、政治家も役人も、いまだに理解していないようです。

牛の話に戻ります。稲わらは駄目、牧草も危ないとなった時、アメリカから輸入した遺伝子組み替え100%のトウモロコシを中心とする配合飼料で育てていくしかないのでしょう。その牛は和牛は呼べません。だいたい、年間を通して牛をまったく牛舎から出さずに育てることは難しいはずです。何をどうすれば良いのか… 頭を抱える畜産農家の姿はテレビで伝えられているよりも、ずっと深刻なはずです。

稲そのものはどうででしょうか。「稲わらが駄目だったら、それが積まれていた水田も駄目だ」というのが当然の推測です。稲わらには特にスポンジのように汚染された水を吸い込み放射性セシウムを濃縮するメカニズムがあったとされますが、だからといって水田が安全とは言えません。現在までに、土壌中の放射性セシウムが5000Bq/kgを越えた水田では作付け制限が実施されていますが、かなり限られたエリアで、これに該当したのは、福島県飯舘村、大玉村、川俣町の一部などです。
宮城県などに広がっている汚染された稲わらが積まれていた水田は、今、青田から出穂の時期を迎えているはず。その稲がどの程度の放射性物質を含んでいるのか、全面的な情報公開が求められるところです。

*追記:8月1日「セシウム汚染:千葉県が収穫前のコメ線量検査実施へ

稲わらや牛糞から作る堆肥も使用禁止の状態になっています。これは、被災地域の農業にとって本当に致命的で、自家製あるいは地場産の堆肥を中心に有機農業を目指してきた良心的な農家を直撃しています。すでに汚染地域の農地では、化学肥料でカリウムを大量に散布して、作物が吸収する放射性セシウムの量を少しでも減らそうという対策が始まっています。もはや有機農業を語ることすらできない状況です。

*追記:8月3日 毎日新聞に「セシウム汚染:コメどころ東北の循環型有機農法が危機に」の記事

土壌汚染のひどい地域では、ハウス栽培であっても、しばらくの間、人工土壌を使用して、化学肥料を点滴で与える野菜工場のようなやりかたでしか作れなくなるでしょう。そこには、地域で作り上げてきた地場産野菜のノウハウは生かしようがありません。コストが上がり、地域の特徴が消え、美味しくない… 良いことは一切ありません。

山に目を移せば、東北地方と関東北部のかなりのエリアでキノコを採ることはできないでしょう。キノコは特にセシウムの吸収能力が高く、ドイツでは今でも、チェルノブイリ事故の影響で、野生のキノコを食べて高濃度のセシウム137に汚染されたイノシシが捕獲されます。25年も経っているのに…
岩手、山形、福島はマツタケの産地として名高いところ。おそらく、しばらくの間は無理でしょう。さらに地元で秋の味覚として愛さてきた雑タケ(天然に育つ様々なキノコ)にも、手を出せない状況になることは間違いありません。
キノコについては、すでに明らかになっているデータがあります。筑波大学の校内で春に生えた天然キノコです。東北地方で食用にされるツチグリが示した放射性セシウム=22490Bq/kgは、厚労省が福島第1の事故の後に慌ててまとめた「食品中の放射性物質に関する暫定基準値」=500Bq/kg(野菜・放射性セシウム)の実に45倍です。

海を見れば、いまだにオキアミの放射性物質の検査が行われていないことが気がかりでなりません。秋の海の幸の代表とも言える秋刀魚は、オキアミを追って、北海道沖から三陸沖、そして福島沖、銚子沖へと下ってきます。もし、福島沖のオキアミがセシウム137やストロンチウム90に汚染されていたら、ひとたまりもないでしょう(すでに北海道沖の秋刀魚から少量の放射性セシウムを検出)。もちろん、秋刀魚の回遊ルートを人為的に変えることは出来ませんが、状況が予測できれば、漁場を変えるとか、他の漁に切り替えるとか、少しでも対策を講じることができるはずです。ここでもまた、泥縄対応で大混乱が起きるのでしょうか。

実りの秋を前に、まったく見通しの立たない暗い話ばかりになってしまい、申し訳ないと思っています。しかしこれが、今、私たちが直面している現実です。少しでも早く情報が公開されれば、多少ですが対策の打ちようがあります。とにかく、情報の隠蔽は最悪です。そしてこの記事に列挙した私の危惧が、一部でもよいから杞憂に過ぎなかったと言われることを望むのみです。






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