トリチウムの恐怖(後編)2013/05/04 15:32

前編で、トリチウムによる内部被ばくを警戒する必要があると書きましたが、トリチウムが命や健康に及ぼす悪影響は、それだけではありません。
下の図をご覧ください。


左側は、よく見かけるDNAの模式図です。生命活動や遺伝情報の設計図とも言えるDNAの二重らせんは、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という4種類の塩基の組み合わせで出来ています。塩基とは「アルカリ性を示す物質」と理解しておいてください(完全に正確な説明ではありませんが)。
4種類といっても、アデニンはチミンと、シトシンはグアニンとしか結合しません。従って、片方のらせんから見ると、塩基の組み合わせ(=対)は、
アデニン-チミン
チミン-アデニン
シトシン-グアニン
グアニン-シトシン
の4種類しかありません。
この塩基の組み合わせを「塩基対(えんきつい)」と呼びます。

「ヒトゲノムの全塩基配列を解読!」なんてニュースがありました。全塩基配列とはDNAの塩基対が並んでいる順番のことです。スーパーコンピューターなどを使って、この配列をすべて読み取ったという話です。
塩基対こそが、DNA情報の根幹。だから大きなニュースになったのです。

さて、一つの細胞内にあるDNAの塩基対の数は31億。そのDNAが折りたたまれて、ある長さごとに分かれて23対の染色体に入っています。

さて、もう一度、図をご覧ください。


右図の赤楕円内は塩基対の構造を化学式で示したものです。水素原子を青丸で囲みました。
グアニンとシトシンをつないでいるのは、3つの水素原子。アデニンとチミンは2つの水素原子でつながっています。つまり、DNAの二重らせんは水素を仲立ちに成立しているものなのです。そして、一塩基対あたり平均2.5個の水素原子が必要ですから、一細胞内のDNAで見ると、77億5千万個もの水素原子が関わっています。
ここで、前編で使用した図をもう一度見てみましょう。
下半分に注目です。


トリチウムは、12.32年という半減期を経て、β線を出しながらヘリウム3に変わります。このトリチウムが、DNAの塩基対に組み込まれている水素だったらどうなるでしょうか?
突然、水素がヘリウムに変わってしまうわけですから、塩基対は壊れてしまいます。トリチウムによるDNAの塩基対の直接破壊です。もちろん、その部分の遺伝情報は破壊されてしまいます。

DNAを構成する原子は水素に限らず、複製を重ねるごとに、飲食や呼吸によって人体外部から取り込まれた原子に置き換わります。トリチウムが多い環境で暮らせば、DNAの塩基対にトリチウムが入り込む確率も高くなるということです。

もちろん、宇宙線の影響で自然下に存在するトリチウムでも、このDNA破壊は起きます。しかし、人類は、核時代に入って、地球上のトリチウムの濃度を飛躍的に高めてしまいました。少なく見積もっても3倍。15倍になっているという説もあります。

たとえば、水素の0.001%がトリチウムである環境を考えましょう。水素原子のうちの10万個に1個がトリチウムである状態です。
1つの細胞内では7万5千個のトリチウムが塩基対に関わっています。うち半数の3万7500個が12年ほどのうちにヘリウム3に変わって、あっちこっちでDNAを破壊するという恐ろしい事態になるのです。これは、たった1個の細胞内での出来事です。人体は60兆個もの細胞で出来ているのだということを忘れてはなりません。

福島第1原発ではどうでしょうか?
メルトダウンした炉心の冷却に使用した汚染水に大量のトリチウムが含まれていることは、東京電力も認めています。「漏れ出した汚染水は、地下水にも、海にも流れ込んでいない」と言いますが、じゃあ、どこに行ってしまったのでしょうか?大量のトリチウムを含んだまま。
さらに、今、福島第一で使っている水は、密閉されているわけではありません。大気に露出した状態です。ということは、蒸発して水蒸気になっている分も見逃すことは出来ません。
福島第1周辺の地下水、海水、大気に関して、徹底した調査を行い、トリチウムの濃度を監視する必要があります。

トリチウムを生まない技術はないし、トリチウムを取り除く技術もありません。
「内部被ばく」と「DNAの塩基対の直接破壊」。
人類が核兵器や原子力発電と決別しない限り、トリチウムの恐怖は、大きくなり続けます。

コメント

_ ナウ ― 2013/05/04 22:28

私、トリチウムのことが、本当に怖かったのです。いろんな人に言っても、さっぱり相手にしてもらえなくて・・・。
タンパク質の立体構造だって、水素結合だよ!!!DNAの結合だって、水素結合だよ!!!!
その水素が、放射能を出してヘリウムになったら、どうするのよ~~~~。と泣いても、反応はなくて、さみしい思いをしていました。
トリチウムの怖さを、ブログで取り上げてくれて、ありがとう!!!!

_ 私設原子力情報室 ― 2013/05/05 20:59

>ナウさん

この問題を調べ始めて、トリチウムによるDNAの直接破壊に言及している人(科学者も含めて)が、あまりに少ないのに驚愕しました。間違いなく起きていることなのに。

核時代に入ってから増えたトリチウムのせいで、ガンや他の病気になって、命を失った人は、実際にはかなりの数に上るはずです。

「相手にしてもらえなくて・・・」と諦めることなく、トリチウムの怖さを一人でも多くの人に分かって貰えるよう、頑張りましょう!お互いに。

_ ナウ ― 2013/05/06 12:50

早速のお返事ありがとう。
トリチウムの害は、計測が難しいので、専門家でも避けて通っているのではと、私は推理しています。
トリチウムが崩壊するときのβ線のエネルギーは0.006MeV。水0.005mmで、止まるというとても小さなエネルギー。
これでは、現象の観察にエネルギーは使えないだろうし・・・・。論文を書けない現象に学者はエネルギーを費やさないからねぇ。
でも、絶対にトリチウムは、生命にとってとてつもなく危険だ。
チェルノブイリより速いスピードで、甲状腺がんが出てきているのは、トリチウムの影響が有るのではと、私は睨んでいる。
以前話した時には、理解してもらえなかった人でも、また話したら、関心を持ってくれるかもしれない。
私も諦めずに、言い続けることにします。

_ ああ ― 2013/09/05 18:10

もともと原発ではトリチウムを垂れ流してたそうですね。原発周辺で白血病が多いという噂がありました。事故がなくても都会には作れなかった理由が分かりましたよ。ドイツは偉いねえ。

_ 武尊43 ― 2014/02/15 06:20

 江戸時代から癌は有る事が分かっていました。しかし近年その増え方の多さに懸念を持っていました。
 その懸念に漸く貴殿の解釈で解決をみました。有難う御座います。
 そうかぁ、DNA内での塩基接合に使われる水素がトリチウムに置き換わり、それがヘリウム3に変化したら、破壊され、それだけで活性酸素が生まれますよね?そうすれば癌化しますよね。
 トリチウムが1.5~3倍も増えたんじゃ、確実に癌患者も増えますよ。その他の化学物質との相互作用によって、体内は滅茶苦茶なことになっている、という事ですね。
 絶滅危惧種が増える理由もそこに有りそうですね。

_ ひろかめ ― 2014/02/15 07:19

トリチウム、恐ろしいですね。トリチウムで直接DNAが破壊された事例ってあるのでしょうか?直接DNA破壊だと普通のガンとかと区別がつくのでしょうか?知ってたら教えてください。

_ 私設原子力情報室 ― 2014/02/15 09:03

>ひろかめさん
トリチウムがDNA構造の中に取り込まれた場合、内側からDNAを破壊するメカニズムは間違いなく存在します(科学的に考えて)。
一方で、トリチウムが出すベータ線は非常に弱いのも事実で、活性酸素を生んだり、直接DNA鎖を破壊する率は少ないと言われています(確実ではありませんが)。
よって前者の、DNAが内部に取り込んだトリチウムが崩壊することでガン化することが強く疑われるわけです。
トリチウムがガンを引き起こすことは、間違いのない事実なので。

●参考になるサイト:
http://tabemono.info/report/former/genpatu5.html
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-8421

ちなみに、個々のガンについて、その原因を特定するのは非常に難しいです(子宮頸がんなど特殊なものを除く)。ある程度の人数に対する発症率などで見ていくしかありません。

_ 舞田宗孝 ― 2015/02/28 11:10

加圧水型の原発では沸騰水型の原発の10倍のトリチウムが通常運転中に排出されています。
以下に関西電力の3つの原発から排出されている液体中のトリチウムを示します。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/10.html

_ 私設原子力情報室 ― 2015/03/07 07:23

貴重な資料満載のホームページ、ご紹介ありがとうございます。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/10.html

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://nucleus.asablo.jp/blog/2013/05/04/6799155/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。






Google
WWW を検索 私設原子力情報室 を検索