イギリス、泥舟から逃げ出す2011/08/04 17:29

昨晩(8月3日深夜)から各紙がイギリス・セラフィールドにあるMOX燃料工場の閉鎖を伝えています。
朝日新聞
毎日新聞
北海道新聞

MOX燃料(Mixed oxide fuel)というのは、ウラン・プルトニウム混合酸化物のことで、いわゆるプルサーマル発電のための燃料。言い換えれば、プルサーマルでは、たいへん毒性が強く核兵器にも転用しやすいプルトニウムを核燃料の一部として使用するということです。

今までに、日本でプルサーマル発電を導入している原子炉は、玄海3号炉(九州電力)、伊方3号炉(四国電力)、高浜3号炉(関西電力)と今回の事故で破壊され、大量の放射性物質をばらまいた福島第1の3号炉です。
この内、今現在、営業運転をしているのは高浜3号炉だけで、玄海3号炉と伊方3号炉は定期点検からの再稼働の見通しが立っていません。この二つの原子炉に関しては、具体的な安全性の問題だけでなく、やらせメールや説明会への電力会社からの動員が明らかになり、「誰がプルサーマルに賛成したのか?」「そもそもプルサーマルに賛成する世論はあったのか?」という問題にまでなっています。

近くプルサーマル発電を導入する予定になっているのは、浜岡4号炉(中部電力)、泊3号炉(北海道電力)などで、中電も北電も、今回の報道にかなり困惑しているようです。

世界的に見ると1960年代にヨーロッパ各国やアメリカでプルサーマル発電が積極的に進められた経緯がありますが、フランス以外は撤退の方向。今、プルサーマルに積極的な立場を取っているのは、日本とフランスだけです。

ところで、MOX燃料に使うプルトニウムは、どうやって手に入れるのでしょうか?
プルトニウムは使用済み核燃料の中に1%ほど含まれています(原子炉内でプルトニウムができる仕組はこちらへ)。これを再処理工場で取り出して、MOX燃料工場に送っているのです。二つの工場は近い方が便利なので、イギリス・セラフィールドにも、再処理工場とMOX燃料工場の両方があります。

現在、再処理工場または再処理施設を稼働させている国は、フランス、イギリス、ロシア、インド、パキスタン、中国、北朝鮮、アルゼンチン、イスラエル(?)、そして日本だけです。日本で稼働中なのは東海再処理施設ですが、実験的な設備なので、大した処理能力はありません。そこで今、青森県六ヶ所村に規模の大きな再処理工場を作ろうとしているのです。試験運転中ですが、一方で、根強い反対運動が続いているのはご存じの通りです。

さて、「再処理工場」と言われると、危ないものを処理してくれそうで、何となく聞こえがよいですが、元々は、核兵器を作るための施設です。
ウラン原爆(広島型原爆)を作るためには、天然ウランの中に0.7%しか含まれていないウラン235の濃度を90%以上にするという大変に難しい濃縮作業が必要です。
一方、プルトニウムは、使用済み核燃料の再処理で抽出できるので、プルトニウム原爆(長崎型原爆)はウラン原爆に比べると比較的簡単に製造できるのです。インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル(?)の再処理工場は、核兵器と直接結びついています。フランス、イギリス、ロシアにしても、核兵器製造のために再処理の技術を高めてきたことに間違いありません。アメリカが、今現在、再処理工場を稼働させていないのは、プルトニウムがテロリストに渡るのを恐れているためと言われています。

もう一つ、今回の工場閉鎖の意味を考える上で忘れてはいけない視点があります。
他国の使用済み核燃料を受け入れているかどうか。実は、他国の分も請け負っているのは、フランスとイギリスだけです。フランスは、自国も核燃料サイクルやプルサーマルに積極的ですから、「ついでに稼ごう」という発想は分かります。ところがイギリスは、自国では核燃料サイクルにもプルサーマルにも取り組んでいません。イギリスの再処理工場とMOX燃料工場は、純粋に外貨稼ぎをするための施設なのです(かなり危険な稼ぎ方ですが)。そして、イギリスのMOX燃料工場の顧客は日本の電力会社だけです。

今回の工場閉鎖は、福島第1の事故を受けて、今後、MOX燃料の需要が激減、もしくはゼロになると判断した末のことでしょう。これは、ビジネスの問題です。
MOX燃料工場を管理する英国原子力廃止措置機関(NDA)は、「日本の地震と関連する事態がもたらす商業的リスクを分析した結果、将来的に英国の納税者に多大な負担をかけないためには、早期の工場閉鎖が唯一最善の選択肢」と明言しています。要するに赤字は出せないと。
この先、再処理工場も止める可能性が高いです。
プルサーマル以上にプルトニウムを効率的に使えるとされる高速増殖炉は、世界中どこの国でも、なんの見通しも立っていません(アメリカとEUはすでに計画を断念)。日本の「もんじゅ」は、事故に次ぐ事故を繰り返し、「廃炉に」という声が高まっています。
一方、プルサーマルも先が見えない。
プルトニウムもMOX燃料も、需要の見込みがないとなった今、イギリスにとって再処理工場とMOX燃料工場は無用の長物になりました。
イギリスは、核燃料サイクルという泥舟から、早々に退却することを決めたのです。

コメント

_ うっちゃん ― 2011/08/05 07:46

こんばんは、いつも楽しく拝見させていただいております。

セラフィールドのMOX燃料プラント閉鎖のニュースは、実はこちらには続きがあります。

この閉鎖により600人(朝日新聞では800人)が職を失うことになる事実に、地元カンブリア地方は懸念を抱いています。この600人はその後もセラフィールドの別の施設で就職があるかもしれないと言われていますが、MOXの技術に携わってきたスキル、人材を今後も継続させることは重要であるという考えから、次世代MOXプラントの建設を!という声が上がっているようです。


この背景には、現在稼働中の古い(旧型)原子力発電所を閉鎖し、2025年までに8箇所新たに原子力施設を設けるという現政府のエネルギー計画があるようです。

セラフィールドMOXプラントは旧型と海外の原発対応で、日本からの需要がなくなれば、稼動の理由がなくなり、納税者負担が大きくなるので閉鎖。しかしMOX技術を次の世代へ継ぐため、そして地元経済を活性化し続けるためには、次世代MOXプラントを!そしてそれを使用する原発施設の計画を!というのがウラにあるようです。

(ソースはBBCのセラフィールド関連の過去記事まとめです。自己訳ですが間違いはないと思っています。)

景気低迷真っ只中のUK,経済の活性化は政府の大きな課題です。次世代MOXプラントが建設になれば、新たに建設だけでも5000人の雇用が発生するようです。(ここは私個人の意見ですが)地元経済を潤したい住民、それをバックアップする政治家、そして電力会社の汚いお金…原発をとりまくものは世界共通の様に感じます。いつかビデオクリップでみた六ヶ所村もそんなイメージを受けたのですが…。(私個人のイメージなのでお叱りを受けるかもしれませんが)

次世代MOXという新たな核の泥沼にまた片足を突っ込む気配のUK,さてどうなるのか。反原発主婦の私はまだまだ心落ち着きません。

_ 私設原子力情報室 ― 2011/08/05 09:34

>うっちゃんさん
いつも貴重な情報をありがとうございます。
イギリスは福島第1の事故をキッカケに、古い泥舟から新しい泥舟に乗り換えようとしているのでは…というわけですね。

ポイントは、2025年までに8箇所新たに設けられようとしている原子力施設に、「高速増殖炉」や「プルサーマル(熱中性子炉=Thermal Neutron Reactor)」といった「核燃料サイクル」系の技術が入っているかどうかです。これらがなければ、国内的にはプルトニウムは不要になるので、再処理もMOX燃料工場も要りません。

輸出ビジネスとしての可能性は、現状、MOX燃料を外国から入手しようとしている国は日本しかありませんので、先が見えません。
可能性としてあるのは、旧宗主国・植民地のつながりで関係が深いインドかパキスタンと何らかの裏交渉が進んでいると。しかし、プルトニウムは、即、核兵器に結びつきますので、そこまではやってないだろうというのが私の推測です。

MOX燃料工場閉鎖に伴う雇用問題は、日本でも少しだけ伝えられました。これは、イギリスでも日本でも同じなのですが、政府が大胆に自然エネルギーに舵を切れば、一気に解決します。自然エネルギーの利用は、原子力に比べて多くの労働力を必要としますので。例えば、セラフィールドを全部閉じて、風力発電とか潮力発電の基地を作るというイメージです。

_ うっちゃん ― 2011/08/06 06:23

次世代MOXプラントを!という声が上がっているということは、新規建設予定の原発にプルサーマル発電が入るのでは?というのが私の心配です。(プルサーマル発電が入らなくても原発自体心配なのですが)福島第一の事故以来、欧州諸国で反原発の声が高まる中、我がUKはその逆を行っているように感じられます。

ところで話は変わりますが、日本では燃料や廃棄物にはどのような輸送、警備がとられているのでしょうか?(玄海原発警備員が銃を所持していることだけは存じておりますが)

こちらではこの間のニュースで、現在閉鎖、解体中のDounreay原発からの廃棄物を(記事では’Breeder'と書かれており、低レベル放射性物質とは言っていますが)セラフィールドのあるカンブリア地方まで、来年早々まず44トンを動かす計画があるといっていました。その輸送コストが£30000000!!そしてこのBreederをセラフィールドにある燃料と混ぜ合わせるために更に同額のコストが発生するというのです!!

巨額コストにはもちろん驚きますが、これを列車で運送しようとする計画にはもっと驚かされます。(もし一般道路で運送といわれてもこれまた驚きですが…)スコットランドの北の端からカンブリアまでの長い距離、途中の線路をくまなくテロ対策できるのでしょうか?いくら低レベル放射性物質とはいえ、テロや事故が起きれば間違いなく惨事なるのでは??

このニュースからふと疑問に思い、日本ではいったいどのような運輸、警備体制がとられているのか気になった次第です。いつかこのあたりをトピックにしていただければ、大変ありがたいです。(自分で調べることもできますが、知識のある方からの情報が一番なので。)

毎回メールのようなコメントになり長々と申し訳ありません。

_ 私設原子力情報室 ― 2011/08/06 22:14

>うっちゃんさん
核物質(含む使用済み核燃料)の輸送の問題。コメントで返すには長くなりそうなので、新たな記事にします。当方としても、整理し直そうとしていた問題だったので、よいキッカケになりました。次の記事をご参照ください。

_ (未記入) ― 2015/07/05 13:47

原子力発電なんてコスパが悪すぎる旧世紀の異物でしかない。厄介なのはこれがコスパが悪いと思っていても、ソコに利権が確立してしまった為に中々手を離す事が出来ないのが。現状では
ソコで私が思う次世代エネルギーは宇宙太陽光。21世紀は宇宙の時代です。宇宙開発に力を入れたら良い。

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