汚染水問題に出口はあるのか?(下)2013/09/01 16:23

ボルトで接合し、シリコンゴムのパッキンをはさんだだけの組み立て式鉄製タンク。中に入っているのは塩分を含んだ高濃度汚染水。鉄だから錆びます。シリコンゴムは放射線と太陽光線で腐食。
こんな誰にでも予想のつくことが、東電には分かっていなかったのでしょうか?漏れるのは織り込み済みで、当面、世の中の厳しい目を交わすために、もっとも安い方法を選んだのではないか… これはもう疑いの域ではありません。

東電経営陣の頭の中には、「福島第1を環境から切り離して汚染拡大を防ぐ」とか「放射性物質の海への流出を絶対に阻止する」といった考えはありません。漁民の生活も作業員の安全も頭の片隅にすらないのでしょう。「最終的に海に流してしまえば、太平洋が薄めてくれる」程度にしか考えていないのです。

汚染水問題は重大です。放射性物質で地下水を汚し、海を汚すことは、大きな生態系を取り返しのつかない状態にしてしまうことを指します。もちろん私たちの命や健康にも直接関わってくる問題です。
安倍政権は「国の責任で抜本的対策を取る」などと、得意の空手形を切っていますが、そう簡単にはいかないでしょう。
いくつかの設問をあげて考えていきましょう。

●今ある汚染水をどうするのか?

にわか作りのタンクにため込まれている汚染水は、今の段階で33万トンにも及びます。今後も汚染水漏れは次々と起きるでしょう。そういう造りのタンクですから。ここにある汚染水を恒久的な貯蔵施設に移さなくてはいけないのに、その方策は見えません。

政府や東電が汚染水対策の切り札としているのが、汚染水から約60種類の放射性物質を取り除くことができるという多核種除去設備(ALPS)。しかし、トラブル続きで、ALPSそのものからの汚染水漏れも明らかになったばかりです。
仮にALPSがまとも稼働したとして、汚染水から取り除いた放射性物質はどうするのか?これもまた具体案なしです。
放射性物質は中和も解毒もできません。どんな形で存在しても、放射線を発し続けるのです。
さらに問題なのは、ALPSでも取り除けないトリチウムという放射性物質です。分かりやすく言えば放射性の水素。東電の目論見は、ALPSで処理した水を海に放出するというものですが、高濃度のトリチウムを含んでいるので、絶対に許されません。
トリチウムについては以下をご参照ください。
【トリチウムの恐怖(前編)】
【トリチウムの恐怖(後編)】

●流入する地下水をどうするのか?
福島第1の1号機から4号機には、1日約1000トンの地下水流入があり、うち300トンが汚染水となって海に流出。400トンが建屋に流入して回収されタンクへ。残りの300トンは行方不明!
REUTERS【福島第1の汚染水、1日300トンが海に流出と試算=エネ庁】

地下水の流入を防ぐために、凍土壁という方法が俎上に乗っていますが、これは恒久的な対策と呼べるのでしょうか? 地下水の流入は、最低でも100年間は防がなくてはなりません。凍土壁は冷凍庫と同じ原理で、パイプの中を通る冷却液で、まわりの土を凍らせるもの。もちろん電気が必要です。こういった施設を100年間、止まることなく動かせると誰が約束できるのでしょうか?抜本的対策とは呼べません。またまた無駄な資金の投入になるだけでしょう。

福島第1を環境から切り離すという考え方は正しいでしょう。しかし造るべきは、絶対に100年、いや200年、300年耐える施設です。運用に資金や手間がかからないことも重要です。

●いつまで冷やさなくてはいけないのか?
この設問は、東電も、政府も、マスメディアも避けて通っています。しかし、水で冷やしている限り、汚染水問題を避けて通ることはできません。
冷やすのをやめると、一度メルトダウンして溶けた燃料棒が、その中にある核分裂生成物の崩壊熱で、ふたたび溶け出す恐れがあります。これを再溶融と言います。再溶融した核燃料が大きな塊になると再臨界が起き、新たな放射性物質が大量に撒き散らされます。大規模な再臨界が起きれば、東北はおろか東日本のほとんどが、人の住めない場所になるでしょう。なにしろ、制御不能に陥っている核燃料の量で見ると、福島第1はチェルノブイリの6.6倍もあるのです。
今は、制御不能だが、なんとかなだめすかしている状態。これがすべて暴走することがあったら恐ろしい事態になるのです。
参考記事【附記:どうにも腑に落ちない水素発生】

一方、事故から2年半という月日が経とうとしています。核燃料内の崩壊熱は、少しずつ下がってきています。しかし、溶けた核燃料がどういう形で固まっているのか、まったく分からないので、水で冷やすのを止めることができないでいます。核燃料の塊の形や大きさによって、再溶融や再臨界を起こす条件が違うからです。

いつ、どの段階で水による冷却を止めるのか?水を止めたあと、どうやって放射性物質の飛散を防ぐのか?
もちろん人類史上初めての難しい試みです。「日本の知を結集して」なんてレベルではなく、「人類の知を結集して」取り組むべき課題です。日本政府は、恥も外聞も棄てて、世界に向けてSOSを発するべき段階にまで来ているのです。
もちろん、東京電力に任せられる問題ではありません。脇見運転で大暴走事故を起こしたドライバーに、みずから事故処理を任せているようなものなのです。現状は。
こんなことは普通、あり得ないでしょう?

コメント

_ ナウ ― 2013/09/03 22:09

問題点がよく分かりました。
放射能汚染水を溜めておく今の鉄製タンクは、専門知識のある人から見れば、漏れて当然なんですね。
東電は、お手上げ・やる気を失っていると見たほうが良いのでしょうか?
確か、チェルノブイリ事故ではソ連は国を挙げて、事故の対応にあたりましたよね。
電力会社は、最初はあまり原発をやりたくなかったようですね。そのやりたくない原発をやらせるように制度を作ったかつての通産省・科学技術庁などが、東電に責任を押し付けて、頬かむりをしているようにも見えます。
だからと言って、東電がいい加減な仕事をする言い訳にはなりませんが・・・。
本当に、国にも東電にも妙なプライドと責任逃れは止めてもらって、世界の頭脳と技術を集めて、なんとかこれ以上の放射能ダダ漏れを、止めてほしいものです。

分かりやすい記事を、本当にありがとうございます。

_ 私設原子力情報室 ― 2013/09/03 23:15

>ナウさん

コメントありがとうございます。
どうやら国主導というか、自民党主導で、凍土壁プランが動き出しそうですが、問題山積なのはご存じの通りです。

私たちには、「なんでも反対!」ではなく、行き当たりばったりで、ランニングコストばかりの高い凍土壁プランを越えるアイデアを出すことが求められています。
考えるべきは、数百年に渡って福島第1エリアを完全に環境から遮断する方策です。
セシウムやストロンチムをどうするのか?重大です。そして、トリチウムはどうするのか?仮に福島第1の下に巨大な洗面器を作るような形で環境から遮断しても、トリチウムは水蒸気に含まれて大気中に拡散していきます。
これはもう、全人類の英知を結集しても対応できるかどうか…という大問題なのです(だから海外のメディアが騒いでいるのです)。こういう、あたりまえのことを日本の政治家はまったく理解していません。

_ 歌野敬 ― 2013/09/04 08:05

「脱原発関連情報」を出しているものです。以前、山田哲夫さんから紹介され、本サイトの情報も何度か掲載させていただきました。
で本件について、「脱原発関連情報」の前号に出したのですが、小出さんが「もう冷却水を使うことを止めるべき、その代わり鉛など金属で冷却することを考える段階」と『報道するラジオ』で発言されていました。この方法の可能性についてどうお考えですか。

_ 私設原子力情報室 ― 2013/09/05 02:10

>歌野さま

コメントありがとうございます。
小出さんの「鉛など金属で冷却する」案は興味を持って見ていました。水を止めたあとの方策として、それがもっとも正しい選択なのかどうかは分かりません。もしかするとチェルノブイリ方式のコンクリートでも大差が無いかも…

ただその前に、「水をいつ止めるのか or いつ止められるのか」をどう判断するかが重要だと思います。。
今この瞬間に冷却水を止めても、再溶融・再臨界が起こらない可能性もありますが、起きる可能性もあります。極めて低くても「再溶融・再臨界が起きる可能性」があるならば、水を止めるわけにはいきません。本当に東日本が潰れますから。

再溶融・再臨界が起きるかどうかは、核燃料がどんな形状で、どれだけが一塊になっているかで決まります。しかし、一度メルトダウンした原子炉内の核燃料の状況を知るのは容易ではありません。東電にも、日本政府にもその力はないと断言できます。言い古されてますが「人類の英知を結集して!」ということを考えないと、到底及ばない話でしょう。
そういう意味で、「世界に対してSOSを発すべき」と書きました。

_ ああ ― 2013/09/05 18:23

あと5年もすれば癌患者続出でしょうね。また大きな地震が来たら4号機倒壊でアウト。日本人は世界の鼻つまみ者になるのだな。
まあ、ロボットでも作って少しずつ燃料を回収するしかないね。

_ Rokky ― 2013/09/09 06:50

いつも丁寧な説明を有り難う御座います。
しかしこんな人も見えるので残念です。「汚染水は薄めて流せばよい」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130907-00010001-agora-soci&p=2

_ しん ― 2013/09/15 10:24

知れば知るほど、もうどうにもならないのでは?
などと思ってしまいます。国は国民は東京オリンピックなんかに浮かれている場合なのか?

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