「国破れて山河あり」すら…2011/06/01 18:59

「國破山河在(国破れて山河あり)」という、杜甫の有名な漢詩があります。その意は、「国家は戦に敗れてしまったが、山や河の姿は変わらない」と。杜甫は世の中の崩壊を嘆き哀れみながら、一方で、変わらない大自然の雄大な姿に安らぎを求めたのでしょう。

今から千三百年前に生きた杜甫には、山河すらその営みを維持できなくなる「大崩壊」が、同じ東アジアで起きようとは、想像もつかなかったでしょう。言うまでもなく、福島第1原発の事故のことです。

福島の山林が大きな危機を迎えています。「原発周辺、林業危機」(毎日新聞)。
「除染すれば、避難地域も住めるようになる」と吹いて回る楽観的な学者がいますが、彼らの想像力の中に、「森」や「山林」はないのでしょうか。除染も土壌改良も、ほぼ不可能です。毎日新聞の記事には、土砂崩れの問題や、林業の衰退への危惧が書かれていますが、それだけではありません。森はたくさんの雨水を蓄え、その水はやがて豊かな栄養分を含んで、河へ、そして海へと流れ込みます。森は河と海の命の源なのです。
上流に豊かな森のある河が流れ込む海は、例外なく魚たちの天国。人間にとっては、かけがえのない好漁場です。
荒れ果てた森から流れ出る水は、どんな水でしょうか。栄養分が乏しいだけではありません。様々な核分裂生成物(放射性物質)を含む死の水なのです。

河を見てみましょう。「アユ漁延期を検討 放射性物質、基準値超す」(毎日新聞)。多くの科学者が、淡水魚は海の魚より放射性物質を蓄積しやすいと指摘しています。それは、大地に降り注いだ放射性物質の大半が、やがて河に流れ込むから。さらに、河や湖では、海ほどの「拡散」が期待できないのが大きな理由です。息を殺してアユやヤマメと対決する釣り師たちの夢。それは、人が山河と対話する瞬間でもあります。夢も時も、いとも簡単に打ち壊されました。
そしてこの汚染は、小さな川魚から大きな川魚へ、あるいは、水鳥たちへと広がっていきます。河や湖の周りの生態系を守ることは至難の業。そして程なく、私たち人間の内部被ばくへとつながっていきます。

「国破れて山河あり」。人間の営みが、どんなに不幸な事態を招いても、山河は静かに見守っていてくれるはずでした。しかし原子力事故は、それすら許さない過酷なもの。豊かな山河すら失われてしまうのです。

コメント

_ 薫 ― 2011/06/01 22:25

はじめまして。数日前からロムしていました。


暖かみある記事と懐の広い表現に引き込まれて読んでいます。

お気に入りに登録しました。

またきますね。


追伸)山河の栄養は海に流れ海洋生物も育てます。動植物にどのような影響を及ぼすのか、、心配です。

_ 私設原子力情報室 ― 2011/06/01 22:34

>薫さん
コメントありがとうございます。
そうなんですよね、ホントに河って大事なんです。
宮崎県の日向地方で聞いた話ですが、今や地元では「飫肥杉(おびすぎ)」は恥なのだと。明治以降、広葉樹を切り倒し、日向地方の東向き斜面を全部、杉にしてしまった結果、日向灘の水産資源は豊かさを失ったそうです。杉林から流れ出る水には栄養分が少ないのだそうです。
そして、その飫肥杉すら、手入れが行き届かず、一部では荒れています。原子力とは直接関係ありませんが、「森」を大切にしないと、日本人は生きていけなくなります。

_ 山根 光三郎 ― 2011/06/02 13:48

開設直後から読ませていただいています。気仙沼でしたっけ,牡蠣の養殖のために、森の再生に取り組む人々がいましたね。逆に森の汚染が川に、そして海へと広がっていくならば、この山河の列島の死を想像せずにはいられません。
原発破れて山河は汚染され
統治機構残って 民草離散す
冷蔵庫まわせど 冷やすビール無し
こんな冗談を家族に言っても、全然うけません。
今後もどうぞよろしく。

_ 私設原子力情報室 ― 2011/06/02 19:26

>山根光三郎さん
ご購読頂き、またコメントを頂きありがとうございます。
世界三大漁場の一つと言われる三陸沖は、しらがみ山地のブナ林を代表とする東北の広葉樹林が支えているんですよね。
悲しいかな、福島第1から出た放射性物質は三陸沖を汚していくでしょう。「森と海」という数千年に及ぶ自然の営みが、音を立てて崩れていきます。
どうも、この百年以上、日本人は、やってはいけないことを片っ端からやってきた感じです。その集大成が原発事故でした。

今後ともよろしくお願いします。

_ 塩爺 ― 2011/06/02 20:40

私の大好きな尾瀬、殆どが東電の私有地です。
http://www.tepco.co.jp/oze/deai/meets-j.html
スーパー林道やダム建設の公共事業で、ブナ林や渓流を葬ってきた日本の国のあり方、原発問題はその集大成です。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://nucleus.asablo.jp/blog/2011/06/01/5892453/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。






Google
WWW を検索 私設原子力情報室 を検索