たった1%の綱渡り2011/10/05 15:22

3.11以来、原子力発電の危険性に多くの人が気がつきました。しかし、いまだに推進派からは「より安全な原発を…」とか「原発が無くなったら日本経済は沈没する」といった発言が続いています。もう一度シビアアクシデントが起きたら、それこそ日本が沈没するのに…
今回は、「安全な原発はあり得ない」というお話です。

臨界とか臨界反応とか言いますが、これは連鎖的核分裂反応のことです。一つの原子に中性子が飛び込むことで、その原子が核分裂。その時に飛び出す中性子が、次の原子に飛び込んで… という反応が続きます。連鎖的核分裂反応を起こす物質は、ウラン235とプルトニウム239だけです。

上の図が、連鎖的核分裂反応の仕組みです。基本原理は原爆も原発も同じで、原爆の場合は、連鎖的核分裂反応が1億分の1秒という短い時間に起き、原発の場合は、反応速度を調節して、ギリギリ連鎖的核分裂反応が起きる状態(臨界状態)で、ゆっくりと反応を進めます。
図のように核分裂物質(ウラン235またはプルトニウム239)が二つに割れる時に出る中性子を即発中性子【prompt neutron】と呼びます。

臨界以下の状態では、生まれる中性子の数が足りず、連鎖的な反応は起きません。ところが、核分裂物質の「濃度」「大きさ」「形状」が、ある条件を満たすと臨界に達します。そうなると、今度は一気に反応が進むのです。マッチで花火に火を点けようとしても、なかなか点かないことがありますね。しかし、ある瞬間、一気に火が噴き出します。そんなイメージです。
「形状」で言うと、球がもっとも臨界に達しやすい形です。理由は、表面から逃げる中性子の数が少ないから。原爆では、通常爆薬の爆発力でウラン235やプルトニウム239を球形の一塊にし臨界点を超えさせ、急激な連鎖的核分裂反応(=核爆発)を起こします。

さて、原子炉を考える時、即発中性子だけで臨界に達してしまうと、問題があります。即発中性子は速度が速い上に、臨界を越えると一気にその数が増えます。即発中性子の数や、この時に起きる連鎖的核分裂反応を人間が制御することは不可能なのです。
逆に言うと、即発中性子だけで臨界点を超えてしまうと、原子炉は暴走し、そう簡単に止めることはできません。ガスレンジの火だけならガス栓を閉めれば止まりますが、その火が天ぷら鍋に入ってしまうと、そう簡単には消せません。それと同じです。

通常運転中の原子炉の中で飛び交っている中性子の99%は即発中性子です。では残りの1%は?
遅発中性子【delayed neutron】と呼ばれるものです。
核分裂によって生まれる核分裂生成物の中には、崩壊する時に中性子を放出する元素があります(バリウム87など現在までに45種類が知られています)。この中性子の放出は、核分裂から0.2秒~1分くらい遅れて起きるので、遅発中性子と呼ばれます。

核燃料(燃料棒の束)の中には、出し入れの出来る制御棒があります。材料は、中性子を吸収しやすいカドミウムなど。遅発中性子は速度が遅いので、その数を制御棒によってコントロールできるのです。

もし、制御棒を引き抜き過ぎてしまうと、即発中性子だけで臨界点を超えてしまいます。これを即発臨界と呼んでいますが、要するに原子炉暴走。チェルノブイリは、まさにこの状態になりました。

いや、チェルノブイリだけではありません。人類はこれまでに少なくとも37回の臨界事故を引き起こしています。
過去の臨界事故例1
過去の臨界事故例2
そのほとんどが、即発臨界だったと考えられます。なぜなら、意図せずに起きる臨界状態で、「即発中性子の数が、臨界量に対して99%以上、100%未満」という狭い範囲に納まるのは、余程の偶然が重ならない限りあり得ないからです。

もちろん原爆も即発臨界なのですが、核燃料では、ウラン235の濃度が低いため、原爆のような核爆発までは起きません。しかし、大量の中性子線と放射性物質が短時間の間に生成されます。

分かりやすいように具体的に見ていきましょう。

まず、1999年に東海村で二人の命を奪い、多くの住民を被ばくさせたJCO事故。高速増殖炉の研究に使う核燃料の製造工程で、ウラン溶液が臨界を越えてしまいました。国もJCOも正式には認めていませんが、最初の段階で即発臨界を起こしたのは間違いありません。この図で、「最初のバースト」と書かれているのが、即発臨界です。

即発臨界は、長い時間は続きません。次々と核分裂が起き、ウラン235の数が、あっと言う間に減って、濃度が下がっていくからです。
そして、臨界量に対して、即発中性子が99%、遅発中性子が1%程度になったところで、原子炉内と同じような遅発臨界状態に。JCO事故では、ウラン溶液の周りに冷却水があり、これが遅発中性子をはね返し、外に逃げる中性子が少なかったため、20時間という長い時間に渡って臨界状態が続きました。即発臨界のピーク時に比べて、遅発臨界の状態では、核分裂反応の回数は千分の一になっています。それでも、事故現場の中性子線量がとても高く、臨界を抑えるための作業は命がけでした。小さな原子炉が裸の状態で運転を続けているのと一緒ですから。

福島第1の事故では、3号炉で「即発臨界爆発」が起きたのではないか?と騒ぎ立てる向きもありますが、これは正確ではありません。
まず、即発臨界爆発とは核爆発のこと。核燃料のウラン濃度やプルトニウム濃度では核爆発は起きません。
一方、1号炉から3号炉まで、いずれも地震直後に制御棒が全挿入され、一旦は、核分裂連鎖反応が止まっています。その後、冷却水が止まったために、炉心溶融が起きるのですが、溶け出した核燃料が、一部で「濃度」「大きさ」「形状」の条件を満たして、再臨界を起こした可能性は否定できません。もし起こしていれば、ほぼ間違いなく最初は即発臨界に達したはずです。大きな熱エネルギーが出ますから、さらに炉心溶融は加速。水素の発生も促進されたでしょう。ですから、再臨界(即発臨界)が、より大きな水素爆発を引き起こした可能性はあります。
さらに、プルトニウム239はウラン235よりも即発臨界に達しやすいとされていますので、MOX燃料を使っていた3号炉で、1号炉より大きな水素爆発が起きた理由とも考えられます(現在までに、福島第1で再臨界が起きたとは確認されていません)。

話を戻しましょう。
通常の運転か、原子炉暴走かの境目は、たった1%です。ちょっとしたトラブルや操作ミスで、即発中性子が臨界量を越えた途端に原子炉は暴走します。この暴走は簡単には止められません。かと言って、99%を切ると連鎖的核分裂反応が維持できません。

よくこんな危険な技術に、「人類のエネルギーの夢を託す」なんて言ってきたものです。人類が原子炉を初めて作ったのは1942年の事。原爆を作るためでした。それから69年。もう、『たった1%の綱渡り』から、私たちは足を洗う必要があります。






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