奇妙な一致2011/06/29 20:03

ここに1枚の地図があります。
「アメリカの原子力施設と乳癌患者の相関関係」(Dr. Jay Gould "The Enemy Within:The High Cost of Living Near  Nuclear Reactors"1996より)と題された地図。
一つ一つの枡目は、アメリカにあるすべての郡を示しています。黒く塗りつぶされている部分(郡)は、二つの特別な意味を持つ場所です。

1. 黒く塗りつぶされた約3000郡は、なんらかの原子力施設(原発・核兵器工場・核廃棄物貯蔵所)から160km以内にある。
2. 1985年~89年までの間に、アメリカで死亡した乳癌患者の2/3は、黒く塗りつぶされた約3000郡から出ている(=黒塗りは、乳癌による死亡の多発地域)。

この奇妙な一致は、何を意味しているのでしょうか?もちろん、アメリカが定めた安全基準を超える放射線量が、これらの場所で観測されたことは、何度か起きた放射能漏れ事故直後以外はありません。おおむね1mSv/年以下だったと思われます。ほとんどの場所で、放射線量は一度も基準値を上回ったことはないはずです。
原子力施設から出ていた核分裂生成物(放射性物質)は、今言われている常識からすれば、「ごく僅か」であり「微量」でした。しかし、この地図は、統計的に見ると、その「ごく僅か」な放射性物質が、乳癌死亡率を引き上げていることを如実に語っています。

参考のために、もう一点、地図をアップしておきます。これは、現在アメリカにある原子力発電所の一覧です。核兵器工場・核廃棄物貯蔵所は含んでいませんが、先の地図と、「奇妙に一致」することはお分かりいただけると思います。

京都大学の小出裕章さんが、何度も繰り返している通り、「低線量でも“安全な被曝”は存在しない」のです。

低線量被ばくに関する、アメリカ科学アカデミーの見解も紹介しておきましょう。「低線量放射線でもDNA等に損傷を与え、最終的にはがんを引き起こす原因になりうる」(2005年6月29日/アメリカ科学アカデミー「電離放射線による生物学的影響」調査委員会)。いわゆる、「しきい値なしの直線モデル」です。

これは、それまで一部で言われてきた「しきい値モデル=ある被ばく線量を超えるまで、放射線は人体に害を及ぼさない」という考え方を完全に否定するものでした。調査委員会は、<広島・長崎の被爆者生涯追跡調査では以前から「ある線量以下であれば安全というしきい値は見つからず、発がんのリスクは線量に比例して直線的に増加する>という事実に基づき、他のデータを積み重ねた上で、「しきい値なしの直線モデル」にたどり着いています。

さらに、アーネスト・スターングラス博士(ピッツバーグ医科大学名誉教授)によれば、長期間にわたる低線量の内部被ばくは、実際には、「直線モデル」以上の放射線障害(分かりやすく言えば、発ガン)を起こしていると言います。

海江田経産相は「原発の安全は国が保証する」と胸を張り、玄海町岸本町長は「安全は確認された」と笑顔で応えます。
しかし、まず、発電システムとしての原発の安全性が確認されていないのは言うまでもないことです。福島の事故を横目に見ながら、「安全は国が保証する」と言う海江田経産相の神経は考えられません。
自然災害の話だけでも、この人たちは、九州にある「姶良カルデラ」や「喜界カルデラ」が、すでにいつ大爆発を起こしてもおかしくない時期に入っていることを知っているのでしょうか?千年単位の話ではありますが、原発を考える時、その長い時間を見据えることが必要だと、福島の事故が教えてくれたのではないでしょうか。

そして、原発周辺地域での低線量被ばくの問題。一切、解決していませんし、その糸口すらありません。
「週刊現代」(7/9号)を見ると、
佐賀県:玄海町立値賀中学校正門前=0.22μSv/h
島根県:松江市松江市役所=0.23μSv/h
茨城県:東海町東海第二原発近くの民家の庭=0.30μSv/h
福井県:美浜町美浜原子力PRセンター=0.26μSv/h
…と、原発の近くでは、ことごとく高い空間線量が観測されています。
「自然から受ける放射線量を考えれば大した数値ではない」という反論もありそうですが、実は、自然由来の放射線と、原発由来の放射線には、決定的な違いがあります。
自然放射線は大半が宇宙から飛んできたり、岩石の中にあるウランなどから発しています。私たちは、自然界から多少の放射線は受けていますが、一部、空気中にあるラドン222、食物に含まれるカリウム40、炭素14などを除けば、放射線の発生源である放射性物質に遭遇することはほとんどありません。
しかし、原発由来の放射線は、大半が大気中に浮遊する塵に乗ったり、地表面に落ちた放射性物質(セシウム137など)から発しています。これらの放射性物質は、呼吸や飲食を通して、私たちの体の中に容易に入ってきます。
そして引き起こされる低線量内部被ばく。それが、冒頭の「奇妙な一致」を見せる地図に現れているのです。

5月20日衆議院科学特別委員会における崎山比早子さん(元放射線医学総合研究所主任研究官、医学博士、現高木学校)の発言をもう一度思い出しましょう。
「放射能には安全値はありません。年間1ミリシーベルトの許容も、そうしないと原子力産業が成り立たないからであって、生物学的学問から決められたものではない」

多くの人たちが、20mSv/年という、とんでもない基準をめぐって闘いを繰り広げています。当面の目標は、1mSv/年を国に認めさせることです。それは間違ってはいません。しかし、その1mSv/年にすら、安全の裏付けはないということを私たちは忘れてはいけません。

勇気を持って撤退しようではありませんか!原発から。

コメント

_ tossini ― 2011/06/29 23:21

海江田よ。「大丈夫だぁ~!」って、あんたは志村けんか?

_ DHMO ― 2011/06/30 00:01

患者数では医学的に何にも意味を持ちませんね~。
まず基本は人口比+諸々の条件。

「おおむね1mSv/年以下だったと思われます。」
テキトーな判断は駄目ですよ。
1mSv/年を超える地域など珍しくないから、正確に調べましょう。

高齢者の交通事故が多くなった。
単に高齢者が多くなっただけ。

_ 塩爺 ― 2011/06/30 01:10

6月29日付朝日新聞朝刊‘私の視点 汚染の中で生きる覚悟を 京大助教授 今中哲二氏‘の投稿を読んで愕然としました。(http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/811ce4b0f8d31e01184ad3634d9975d7(全文))
最後の記述‘放射能をどこまで我慢するか...略...これからは、放射能汚染の中で生きていかなければならない。その事実を受け入れたうえで対策を考えなけらばならない。‘
これは、現に起きてしまっている放射性物質汚染との共生を示唆し一見正しい問題提起に見えるが、一般市民に対し個人の判断を求め、対策を考えろ!は移住(逃げる)方策も分からず、移住先も無く、経済的にも余裕のない人はどうすればよいのだろうか?
最近の朝日新聞は‘良識の朝日‘から、‘上から目線の朝日‘に堕落している様にしか見えない。
今中氏の意図とは別に、無責任な記事で看過できません。

_ ひばり仮面 ― 2011/06/30 02:05

「諸々の条件」とは、具体的に何ですか?
「1mSv/年を超える地域など珍しくない」のなら、国土の何%ですか?正確でなくても結構です、大まかに教えてください。
高齢者が加害者の事故と、被害者の事故は違うと思いますが、高齢者の運転比率は、ずっと同じなのですか?
現在の高齢者数が昭和30年代のn倍だとして、運転者数もn倍でとどまっていますか?
正確に調べましょう!!
ーーあんなたの言い方は、これと同じですね。

_ ひばり仮面再び ― 2011/06/30 02:13

アルファベット4文字の方へ。あなたがこのサイトの運営者よりも、ずっとお利口でいろいろとご存知なのは、良く分かりました。
だったら、小意地の悪い小姑根性を出さないで、もう少し建設的な提案や貴重な知識のご披露をしてくださいませ。
日常の鬱憤を他人のサイトで晴らすのは、頭の良いあなたらしからぬ愚行です。

_ 脱原発派 ― 2011/07/01 01:13

私も脱原発を望む者ですが、情報を発信する以上それなりの論理性・客観性が必要だと思うのですが、「相関関係」と言うには無理があるのでは?

例えば「アメリカで死亡した乳癌患者の2/3は、黒く塗りつぶされた約3000郡から出ている」とありますが、もしも当該地域の人口が全米人口の2/3だったら乳癌患者の2/3がいても何の不思議もないのでは?(単にヘ理屈を言うつもりではなく、黒塗りの部分は人口も多そうでしょ?)

また「この地図は、統計的に見ると、その「ごく僅か」な放射性物質が、乳癌死亡率を引き上げていることを如実に語っています」と結論されていますが・・どのようにして「統計的に見る」のですか?つまり、バラバラな数字が集まった統計から「意味のある違い」を計算するのが統計処理ですが、その前提となる情報が欠落していて計算不能ですから「印象的に見る」の誤りでは?また「乳癌死亡率」は上で指摘したようにその情報が無いのが問題なので「死亡者数」の誤りでは?

何事にも「思い入れ」は大事ですが、単なる「思い込み」で科学性・客観性に欠けた情報発信は「風評」と謗られても仕方ないですよ

_ うっちゃん ― 2011/07/01 07:30

こんばんは。

いつもサイトのアップデート楽しみに読ませていただいております。(内容は放射能汚染というとても楽しみではないものなのですが…)

今回取り上げられたアメリカの原子力施設と乳がんの関係、本当になんだか偶然とは思えませんね。放射性物質という目に見えないもの故に、確実に因果関係を証明することは困難かもしれませんが…。


私も311以来、原子力からの脱出を願う一人となり、各国の原子力に対する動きに注目していますが、本日少しほのぼの(?)とするニュースがありました。

http://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-13981189

スコットランドのTorness発電所付近でクラゲが大量発生し、海水供給口から発電所内に入り込み、発電所は火曜日より停止しているとのこと。

遂にクラゲも反原発デモに乗り出したか!と思わせられたニュースでした。電力会社のEDFは安全面では全く問題のない事象で、来週には稼動を再開するといっています。

日本でも過去にクラゲの反原発デモがあったようですね。原発の緊急停止は良いニュースではありませんが、人間もその他の生物も放射性物質にはNO!と立ち向かっていかないといけませんね!

それにはやはり早急な代替エネルギーの研究と普及が必要ですね。昨日NHK World で放送された九州大学のチームが研究開発を行っている円形の外枠付き風車による発電は、個人的に、素人的に、なんだか期待できそうな感じがしました。地熱、太陽熱etc...他にもどんどん研究が進んでいきますように。

一貫性のない内容のコメント、失礼いたしました。それでは、また。

_ 私設原子力情報室 ― 2011/07/01 09:04

>皆様
「奇妙な一致」に対し、貴重なご意見をお寄せいただきありがとうございます。
現在、「アメリカの原子力施設と乳癌患者の相関関係」について、情報と内容をさらに深化させるべく、努力をしています。少しだけ時間をください。

_ 私設原子力情報室 ― 2011/07/01 21:04

>うっちゃんさん
はるばるイギリスから、いつもユニークなコメントをありがとうございます!
クラゲに負けてられないぞ!(笑)と気持ちを引き締めると同時に、とっても癒されました。ありがとうございます。
「原子力施設と乳がんの関係」については、次の記事で内容を追い込みましたので、是非、ご一読ください。

_ ミチロウ ― 2011/12/12 19:24

DHMOさんに限らず、こういう問題が起こって、問題を追求するコメントがサイトに登場すると、必ずといってよいほど冷静と客観を求めるような反応が出てきます。
曰く「テキトーな判断は駄目ですよ」とか「思い込み」はいけませんよ、とか。しかし、原発に関して言うならば、その安全性こそ「テキトーな判断」であり、あまりに楽天的な「思い込み」なのではないでしょうか? なにしろ最終的な放射性廃棄物の処理方法すら決まっていないのに「安全です」「何の問題もありません」というのが原発推進派の言い分なのですから。これほどテキトーな理屈、思い込み論法はありませんよね。

事件は会議室で起こっているんじゃない。という映画のセリフをもじって言うなら、「事故はどこか遠くで起こっているんじゃない」のだということを肝に銘じておきましょう。冷静に、客観的に、結論が明確になるまで判断停止状態を保つわけにはいかないのです。
冷静沈着な判断停止(思考停止?)によって発生する可能性のある結果の責任を、あなたは引き受けることができますか?
判断停止にも責任はあるのです。
過去、私たちは何度も「判断停止によって、避けうる運命を避けられなかった」という苦い経験を持っているではありませんか。

_ カメジィ ― 2014/08/23 23:47

残留放射線というべきか、環境放射線とでもいうべきか、迷っていますが、広島の原爆で被災した人の放射線障害を終戦当初から現在まで研究してきた機関ははじめはABCC、最近は多分 放射線影響調査研究所?があり、長年、追跡調査を行って、10年ほど前に放射線障害には遺伝性がないという結論を出したように記憶している。私もそういう結論で良かったと思っている。しかし、最近、福島では子どもの甲状腺異常が出始めているという情報があり、チェルノブイルで、4年後からこどもの甲状腺障害がでてきたという話も全く同じで、心配である。これについての報道があまりに少なすぎる。テレビには報道規制がかかっているのだろうか。

_ カメジィ ― 2014/09/10 01:34

放射能、あるいは、放射線の人体への影響は、もちろん、分からないところもたくさんあるとは思うが、千葉の放医研でお話しをきいた時は、職業人の基準値 年間100ミリシーベルトは ICRPは今後その半分に持っていこうとしているということを聞いて、そうだろうなと思った。今回の福島の事故で、この人体への影響について、真っ先に発言すべきは 千葉の放医研ではなかったかと思ったが全く発言がないのでやっぱり、公務員だから国にはさからえないのかなあと思ってがっかりした。食うことを優先させて科学的な真実をねじ曲げるということは、やっぱり専門家である価値はないのではないのと思っていたが、元放医研の崎山さんという方があの寄り合い所帯の環境省に文句をいっているのを聞いて安心した。やはり、疫学調査は純粋な医学的な立場から行うべきだと思いますが、いかがでしょう?もう当然行っていると思ったのに国がさぼっているというのはどういわけか?
以上

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