放射線とは何か… あえて今、問い直す(1)2011/10/22 17:04

分かったようで分からない放射線。3種類の放射線をゴッチャにして論じて、特に、内部被ばくを過小評価しようと動きがあります。これに対抗するために、今一度、放射線とは何なのかを問い直してみようと思います。

実は、放射線と一口に語られますが、アルファ線、ベータ線、ガンマ線は、物理学的にはまったく別なものです。

ガンマ線はX線よりも波長の短い電磁波。光や電波の仲間です。電磁波なので質量はありません。また、電磁波は波長が短ければ短いほどエネルギーが大きいので、ガンマ線は遠くまで届き、一部は人体を突き抜けるほどの透過力を持っています。放射線が体内に入った時に、DNAなどの分子結合に関わる電子をはじき飛ばす力を電離作用力と言いますが、ガンマ線の電離作用力を1として基準にしています。

ベータ線は、高速で飛び交う電子。電子線とも呼びます。とても軽いですが、質量はあります。大気中でも数十センチから数メートルしか飛べませんので、外部被ばくには、ほとんど関係しません。
一方、ベータ線を出す放射性物質が体内に入ってしまうと、内部被ばくが深刻です。電離作用力は、ガンマ線と同じ1とされますが、もっと強いのではないかと疑問を呈している研究者もいます。

アルファ線は、陽子が2個、中性子が2個という粒子(ヘリウム原子核)です。これも高速で飛びますので、単に粒子ではなく粒子線と呼ばれます。陽子や中性子の質量は、電子の1800倍ありますから、アルファ線はベータ線の7200倍の質量を持ちます。
粒子が持つエネルギーは、その質量と速度の2乗に比例します。従って、質量が大きいアルファ線は大きなエネルギーを持ち、細胞やDNAを破壊する力も大きくなります。
ちなみに、プルトニウム239からでるアルファ線1個(1本)は、セシウム137のベータ線1個(1本)の10倍のエネルギーを持っています。
アルファ線の電離作用力は、ガンマ線やベータ線の20倍とされています。
一方、重いものが遠くまで飛びにくいのは、プロ野球選手が野球のボールを100メートル近く投げるのに、砲丸投げでは世界記録でも20数メートルというのと同じ理屈です。飛距離で言うと、アルファ線はベータ線の1万分の1程度しか飛べません。

運転中の原子炉の中では、ウラン235(一部、プルトニウム239も)が核分裂をしています。その結果できるのが、核分裂生成物。ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90などが代表的ですが、細かく調べる千種類くらいあるそうです。ただ、半減期が1秒以下というものもありますので、今回の福島第1の事故で、環境中に放出された核分裂生成物の種類は、もっと少なくなります。
核分裂生成物は、主にベータ線とガンマ線を発して、安定した元素に変わります。

一方、核燃料の中にあって核分裂しないウラン238が中性子を取り込むことによって、プルトニウム239をはじめとする何種類かの超ウラン元素ができます。超ウラン元素は、何度もアルファ線とベータ線を発して、最後に安定した元素になります。
下の図は、原子炉の中で、核分裂生成物と超ウラン元素ができる仕組みを簡単に描いたものです。

原子力安全・保安院は、6月6日に「大気中に放出された主な放射性物質(核分裂生成物と超ウラン元素)31種類とその量(推測)」を発表しています(PDFの15ページ目です)。

では、核分裂生成物や超ウラン元素は、どんな仕組みで放射線を発するのでしょうか?
三つの放射線の生成の仕組みを示したのが、下の図です。


まずアルファ崩壊。
陽子と中性子が多すぎて不安定な状態の超ウラン元素が、陽子2個と中性子2個を吐き出して、少しでも安定した元素に変わろうとする過程がアルファ崩壊です。飛び出してきた陽子2個と中性子2個が、アルファ線ということになります。従って、崩壊後の元素では、陽子が2個、中性子が2個、減っています。
ただ、超ウラン元素は、一度アルファ崩壊しただけでは、完全に安定した元素にはなれません。下にプルトニウム239が最終的に鉛207で安定するまでの過程を示します(アクチニウム系列と呼ばれる)。アルファ崩壊やベータ崩壊を繰り返した末に、やっと安定した元素になれるのです。その間に、なんとたくさんのアルファ線とベータ線を放射することか。


では、今度はベータ崩壊に注目しましょう。
一言で言うと、中性子が多すぎて不安定な状態の放射性物質が、一つの中性子を陽子と電子に割ることで、少しでも安定しようとするのがベータ崩壊です。中性子は電気的に中性。陽子はプラス、電子はマイナスです。電気的にもつじつまが合います。できた電子が飛び出してきます。これがベータ線です。
崩壊後の元素では、陽子が1個増え、中性子が1個減っています。質量数(陽子数+中性子数)は変わりません。

次はガンマ崩壊です。
マスメディアの報道や、東電、国が発表する情報を詳しく見ていると、キセノン131mとかバリウム137mとか、質量数の後ろに"m"が付いている放射性物質があることに気がつきます。"m"は「メタ」と読み、「高次な-」とか「超-」といった意味ですが、原子の世界では「エネルギーが余っている」とか「不安定な」と解釈して良いでしょう。
例えば、セシウム137が崩壊してできるバリウム137は、陽子=56個、中性子=81個で、本来安定している元素です。しかし、セシウム137がベータ崩壊しただけでは、原子核内の余計なエネルギーすべてを放出することができず、少しだけエネルギーが余った状態になっています。これがバリウム137m。不安定な状態なので、やがて原子核は安定しようとします。この時に、余ったエネルギーがガンマ線として放出されるのです。
なお、原子や原子核の世界では、エネルギーは飛び飛びの値しか取れませんので、一個の原子について言えば、不安定な状態は徐々に解消するのではなく、安定する時は一瞬で安定します。また、元素の種類ごとに、不安定なエネルギーの値も決まっていますので、飛び出すガンマ線の波長も決まっています(一種類の場合もあるし、複数種の場合も)。従って、ガンマ線の波長を調べるとこで、元素の種類=核種が特定できます。
まとめとして、下に、セシウム137の崩壊プロセスを示します。

核分裂生成物の多くがベータ崩壊をしますが、それだけで安定した元素になるのは限られたものだけです。多くはベータ崩壊の後にガンマ崩壊をします(中にはベータ崩壊を2回繰り返すものも)。結果的には、多くの放射性元素が2種類・2本の放射線を発することになります。このことは、内部被ばくを考える時に、極めて重要です(次の記事で詳しく書きます)。

さて、話は一気に飛びます。
地球が誕生してから46億年。原始地球には超ウラン元素や核分裂生成物がたくさんありました。元素は皆、恒星や原始地球での核反応で作られたものです。できたばかりの元素の多くは不安定で、アルファ崩壊・ベータ崩壊・ガンマ崩壊を繰り返します。
崩壊で出る放射線がかなり減ってきた頃、一番、放射線が届きにくい海の底で生命が誕生。地上の放射線が減るにしたがって、生命は陸に上がり、恐竜の時代が訪れ、やがてほ乳類の時代へ。そして、300万年ほど前に地球に登場したのが人類です。

地球は46億年をかけて、放射性物質を減らし、豊かな生命の営みを包み込む星となりました。地球誕生以来、放射性物質が減ることはあっても、増えることはなかったのです。原爆と原発が登場するまでは…
原爆製造のための最初の原子炉が、シカゴ郊外で稼働したのは1942年の12月です。以来70年弱。人類は、46億年におよぶ地球の歴史をゆがめ、地球を極めて危険な方向に引っぱり続けています。

長くなりそうなので、ここで記事を分けることにします。

コメント

_ SW83A ― 2011/10/22 22:48

ガンマ崩壊におけるガンマ線は、電子ではなく原子核から出ます。

_ 私設原子力情報室 ― 2011/10/22 23:34

>SW83Aさん
コメントありがとうございます。
ガンマ線・ガンマ崩壊をどう規定するかの問題はありますが、ガンマ線の発生は、軌道上の電子が基底状態に落ちる場合と、核内励起状態から出る場合があるようですね。当方の理解がちょっと古典的(もちろん量子力学の世界で)に偏りすぎたか… ただ、原子核内で余ったエネルギーが、軌道上の電子を押し上げて、それが基底状態に落ちる時にもガンマ線が出るとする研究者もいます。

_ SW83A ― 2011/10/24 14:53

> ガンマ線の発生は、軌道上の電子が基底状態に落ちる場合と
それ、特性X線。

> ただ、原子核内で余ったエネルギーが、軌道上の電子を押し上げて、
それ、オージェ電子。

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